職場における自殺の予防と対応 |
2003年5月18日更新
平成14年12月、厚労省から「自殺予防に向けての提言について」が発表されましたが、メンタルヘルスの基礎知識がないと読めません。ここでは解説を加えます。
項目
5)自殺を打ち明けられた場合の対応
6)参考資料 広告代理店過労自殺の最高裁判決からの抜粋
ポイント
・ ビジネスマンの自殺は企業収益に影響を及ぼす
・ 個人や家族内の問題ではない
・ 組織的な対策が必要
4年連続して自殺者が30000人を超え、交通事故死の3倍強にもなっています。ビジネスマンの自殺の問題点は、直接的なきっかけとは別に、企業収益に悪影響をおよぼします。
その理由として
@家族や友人を悲しみのどん底に突き落とし、残された人が発病し休業する
A職場や組織の士気が低下する
B管理職や経営者への不信をまきおこする
C時には後追い的自殺(いわゆる群発自殺)も生じます。
自殺が事業活動の経営面に及事業所にも経済的損失をもたらすことを実例(小売業)で示します。
年商31億のある事業所(小売り)で、従業員数は正社員に換算すると50人。30代の管理職が自殺した後、二ヵ月後2人の部下が発病し、6ヵ月目に責任を感じた支店長が発病寸前となり配置転換を余儀なくされました。その1年後も発病した社員は休業中で補充はなされていません。この事業所では社員一人当たりの年間売上額は約6000万円であり、支店長を除いた売り上げの損失は(12ヵ月の死亡分)+(10ヵ月休業分)×2の合計32ヵ月分であり、損失額は1億6000万円すなわち年商の5.2%と推計されます。この他にも数百万円に及ぶ医療費、傷病手当金などの経済的損失が加わります。言うまでもなく自殺と休業に加え、支店長のメンタルヘルスの不調も支店全体の士気を低下させました。
自殺はけっしてプライベート(個人的、家族的)な問題ではなく、職場という組織の問題なのです。
ポイント
・ 心の病によって起こる
・ うつ病発病後、わずか平均2ヶ月
・ ストレスばかりか長時間労働も
医学的には、自殺のほとんどはうつ病、アルコール依存症、精神分裂病などの心の病気のために正常な判断力が失われて死を選ぶと考えます。そういう意味では「覚悟の自殺」というものは例外でしょう。武士の切腹のようなもの、忠臣蔵のエンディングなどは、自殺ではなく処刑、処分の一種です。 職場のメンタルヘルスでは、自殺のほとんど(90%)はうつ病によって起こるといえます。うつ病の重い軽いは関係なくて、なり初めや治りがけが危ないのです。 避けられないケースもあるのですが、適切な対応やうつ病の治療によって原理的には防げる可能性があります。
うつ病発病と自殺までの経過は
引き金となる出来事 ⇒ うつ病の発病 ⇒ 自殺
平均11ヶ月 平均2ヶ月
うつ病の発病後、平均2ヶ月で自殺、というのは予想以上に速いですね!
勤務時間とうつ病の発病リスクについて検証した研究*は、非常に少なく医学的には明らかではありませんが、法の判断では自明のことになっています。
昨年厚生労働省が発表した「脳・心臓疾患の認定基準の改正について」では、
「おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる」となっているので、メンタルヘルスにもこれがあてはめられる可能性があります。しばしば経済問題や家庭問題などの原因・動機に目が向きがちですが、自殺の多くは心の病によって正常な判断力が損なわれてとる行為、と解釈することが重要です。遺書の有無は正常な判断力の根拠にはなりません。
*注
実はどのくらいの長時間労働でうつ病が発病しやすくなるのか、医学的なデータはとても少ないのです。女性の場合、60時間までの残業は、そうでない人の2.2倍発病しやすくなるそうです。とりわけ女性が高くなるのですが、その理由として家事労働があげられます。
厚生労働省の「職場における自殺の予防と対応」では、広告代理店の過労自殺について次のように書いてあります。
末尾 資料を参照してください。
いわゆる安全配慮義務については次のような解説があります。
最高裁の判決文は末尾にあります。
「恒常的長時間残業がわかっていながら、ただ単に注意・指導するだけでは労働者の心身の健康に配慮したとは言えず、労働者の心身の健康状態が悪化していることに気づいた場合、使用者や上司はその労働者の健康状態に合わせた業務上の措置を講ずるべきであったとの見解が示されたのです。この見解は、使用者や上司が労働者の心身の健康状態の悪化に対応できる十分なメンタルヘルスケアの体制を準備していなかったときにも、使用者の作為・不作為が注意義務(又は安全配慮義務)に反するものと評価される可能性が生まれることを示唆しています。そして、2000年6月23日、差し戻し控訴審の高裁で、1996年3月の地裁判決が命じた賠償額を元にして1億6,800万円余の損害賠償を会社が支払ったうえ、謝罪することで和解が成立したものです。」
ポイント
・ カラダの症状に注目!
・ 「仕事をやめたい」は自殺の間接表現
自殺予防は、うつ病対策ということになります。
<うつ病の診断は3プラス1>
眠れない、食欲がない、だるい、それに死にたい気持ち*があったとき、これは立派なうつ病です。
(不眠、食欲不振、倦怠感)+死にたい気持ち = うつ病
*注 初めからあからさまに、「死にたい」と思うのではなくて、うつ病発病からの時間的経過は
会社に行きたくない ⇒ 逃げて(消えて)しまいたい ⇒ 仕事をやめたい
となる傾向があります。
特に「仕事をやめたい」というのは、自殺の間接的表現です。一日24時間の過半数以上を仕事に費やす日本のビジネスパースンにとって、WORK=LIFE 、仕事すなわち人生なので、仕事をやめたいというのは、「人生を辞めたい」=「死にたい」ということなのです。
職場のストレスが続くと、心の症状よりも体の症状のほうが先に出るのです。しかも心の症状は、誰もが口に出して言うわけではない。「ああ、もう疲れた、これ以上仕事を続ける気力はない」などというわけではありません。人事考課というものがあるから。そして心の症状よりカラダの症状のほうが気づきやすいのですね。ほかの症状として、しつこい頭痛や肩こり、性欲減退、のどの渇き、手足のしびれ、便秘、めまい、吐き気などがあります。これらは要するに、過労の症状です。
厚生労働省の「職場における自殺の予防と対応」では、自殺予防の十箇条として次のように書いてあります。
ポイント
@うつ病の症状(気分が沈む、自分を責める、仕事の能率が落ちる、決断できない、不眠が続く)
A原因不明の身体の不調が長引く
B酒量が増す
C安全や健康が保てない
D仕事の負担が急に増える、大きな失敗をする、職を失う
E職場や家庭でサポートが得られない
F本人にとって価値あるもの(職、地位、家族\財産)を失う
G重症の身体の病気にかかる
H自殺をロにする
I自殺未遂におよぶ
上のようなサインを数多く認める場合は、自殺の危険が迫っています。はやめに専門家を受診してもらいましょう。ここで少し補足をします。
・うつ病の症状
先にも書きましたように、心の症状をはじめから口に出す人は少なくて、体の症状がポイントになります。
・原因不明の身体の不調が長引く
これはやや不正確な表現です。診察や検査では異常のみられない体の症状が続く場合は、メンタルヘルスの悪化を考える必要があるのです。
・酒の量が増す
多すぎるアルコールは不眠の解消にはなりません。途中で目が覚めたりして、眠りの質を悪くするのです。またたくさんのアルコールを飲むと、気が大きくなりたがが外れて勢いで死んでしまうことが多いからとても危険です。
・安全や健康が保てない
自殺というものは急に起こるのではなく、長い間の潜伏期間をもちます。
その間に自殺に先立って、無謀な車の運転をするとか、病気になってもきちんと治療を受けないなどという無茶が引き起こされます。こういうのを自己破壊傾向といいます。この点は、皆さんよりも精神科以外の医者が知っておくべきことです。
・自殺を口にする
職場のストレスが続いていくと、うつ病の場合では当然心の症状がでてきます。過去、現在、未来について悲観的に考える見方です。お先真っ暗だ、何をやってもだめだ、ああなったのも自分のせいだ、などと。そしてだんだん、死を考えるようになります。自殺事例の多くでは、家族や友人に死をほのめかしています。それには直接的なものと間接的なものがある。直接的なのは「死にたい、死んだほうがましだ」など。間接的なのには、「会社(仕事)をやめたい」とか、経営者の方に多いのですが「自分に何かあったら生命保険で処理してくれ」とか。
多くのビジネスマンにとってみれば、会社がすべてです。1日24時間のうち、10数時間も生活する場所ですから、そこから去るということは、別な世界に行くということと同じなのです。会社(仕事)をやめるというのは死の間接表現です。これには十分気をつけてください。ふだん弱音を吐かない方が、「お先真っ暗だ」、「もうだめだ」、「自分はこの仕事に向かないな」など弱音を吐く場合は危ないですよ。
よく「死ぬ死ぬという人ほど死なない」といいますが、これは大きな誤りで、人が自殺を口にすることは、緊急事態なのです。
・自殺未遂におよぶ
はたから見て、死ねないような事がされる場合もあります。睡眠薬を5錠飲んだり、カミソリで浅く手首を傷つけたり。しかし、その人にとって死を企てたことが重大であって、これを 「周りの気をひくため」などと考えたらとんでもないことになります。どんな軽い自殺未遂も、エマージェンシーであって救急救命の事態です。自殺未遂の後は、その人のみかけがすっきりしたように見える場合もありますが、適切な対応がなされないと今度はより確実な死に方を選ぶからです。
救急病院に搬送され処置を受けた際には、担当医に精神科への紹介状を書いてもらい、家族の誰かが必ず付き添って受診することが不可欠です。
・ひと段落のときほど危ない
その人が抱えている困難が、一区切りつくこともあります。
しかしうつ病ではこういう時こそ自殺が起こりやすいのです。たとえば経営者の方が大きな負債を負っていてうつ病になったとします。そして弁護士などが関わって、一応のめどが立ったのにその数日後亡くなってしまうなど。これはうつ病になる方は律儀な方で、問題の解決のめどが立ったとき、「もうこれで周りには迷惑がかからないから、自殺しても許されるだろう。」というような考え方をするからです。
@相談などで結果的に打ち明けられた場合
これは誰にもショックであり、医師も同じで口の中がカラカラになるほどです。ただこれが打ち明けられるということは、医者と同じように信頼されている証拠です。絶対に話をそらしたり説教したりせず、ともかく話をよくきくことです。死にたいことを打ち明けるのは、誰か信頼できる人にこの苦しみを知ってもらい、何とかしたいという心の叫びなのです。
対応の原則は精神科を受診させることで、しかも絶対に1人で受診させないことです。
ポイント
・ 冗談だと思って話をそらしたりしない
・ 命を粗末にするなといって説教したりしない
・ 弱気を出さずにがんばれなどと励ましたりしない
どうしてよいか判らなくても焦ることはありません。人間は不思議なもので、言葉に出してしまうと、その人は自分の悩みや苦しみから距離をおいて、客観的に冷静に考えることができるようになるものです。十分悩みをきいてから、自分の意見をいうのです。「それはいろいろ悩んで本当に大変ですね。死にたくなるほど苦しむのは心の不調、病気かもしれないね。一度専門医を受診すべきだと、僕は思うよ」などと対応するとよいでしょう。「僕は思うよ」を付け加えるほうが、逆に押し付けがましくなくなるのです。こうなると自殺を打ち明けた人は、半信半疑ながらも「ひょっとして、この苦しみの原因に病気が関係しているのなら、治療によって逃れられるのかもしれない」と思うのです。
A自殺の準備をしている、自傷行為があった場合
これは緊急事態です。精神科医や専門病院の対応が不可欠で、地元で緊急に相談できるクリニック、精神科のある病院などを巻末の資料をもとに確認しておく必要があります。「いのちの電話」からも役に立つ助言がえられます。
すでに自傷行為があった場合、救急治療を受けることが不可欠ですが、そこの医療機関に精神科がない場合、必ず精神科への紹介状を書いてもらいましょう。救急医の中には時に、メンタルヘルスの知識に乏しい医師もいますので、一見軽そうにみえる自傷行為(睡眠薬を5錠飲んだ、手首を切った)に対して「命を粗末にするな」「馬鹿なことをするのではない」などと、素人同様の安易な対応がされる場合もあり注意が必要です。
標題と下線は管理人によるものです。
1)最高裁におけるうつ病の認識
うつ病は、抑うつ、制止等の症状から成る情動性精神障害であり、うつ状態は、主観面では気分の抑うつ、意欲低下等を、客観面ではうち沈んだ表情、自律神経症状等を特徴とする状態像である。うつ病にり患した者は、健康な者と比較して自殺を図ることが多く、うつ病が悪化し、又は軽快する際や、目標達成により急激に負担が軽減された状態の下で、自殺に及びやすいとされる。
長期の慢性的疲労、睡眠不足、いわゆるストレス等によって、抑うつ状態が生じ、反応性うつ病にり患することがあるのは、神経医学界において広く知られている。
2)メランコリー親和性(執着気質)について
もっとも、うつ病の発症には患者の有する内因と患者を取り巻く状況が相互に作用するということも、広く知られつつある。仕事熱心、凝り性、強い義務感等の傾向を有し、いわゆる執着気質とされる者は、うつ病親和性があるとされる。また、過度の心身の疲労状況の後に発症するうつ病の類型について、男性患者にあっては、病前性格として、まじめで、責任感が強すぎ、負けず嫌いであるが、感情を表さないで対人関係において敏感であることが多く、仕事の面においては内的にも外的にも能力を超えた目標を設定する傾向があるとされる。
前記のとおり、OOは、平成3年7月ころには心身共に疲労困ぱいした状態になっていたが、それが誘因となって、遅くとも同年8月上旬ころに、うつ病にり患した。そして、同月27日、前記行事が終了し業務上の目標が一応達成されたことに伴って肩の荷が下りた心理状態になるとともに、再び従前と同様の長時間労働の日々が続くことをむなしく感じ、うつ病によるうつ状態が更に深まって、衝動的、突発的に自殺したと認められる。
3)長時間労働と健康
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。
これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。
5)メランコリー親和性による過失相殺は該当しない
しかしながら、企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。