自殺防止対策有識者懇談会報告

「自殺予防に向けての提言」


平成14年12月
自殺防止対策有識者懇談会


最終更新日 2003年 2月11日

まずは、このサイトの必読ページ、「職場における自殺の予防」をご覧ください。

ご参考までに
どこも大切な記述ですが、赤字部分は、管理人が重要だと思った部分です。
この提言そのものがメンタルヘルスとは何かを教えてくれます。


ご注意! 原文にはここに示した図はありません。以下の図は管理人のオリジナルです。

 

はじめに(自殺防止対策有識者懇談会設置の経緯と趣旨)

 自殺は、すべての国民にとって起こり得る問題である。

 我が国における自殺による死亡数(厚生労働省人口動態統計)は、平成9年には23,494人であったものが、平成10年には3万人を超え、その後も横ばいの状態である。急増の原因は、主として、中年男性の自殺死亡数の増加であるが、問題はこれにとどまらない。高齢者の自殺は、我が国においては、従来から多く、加速する高齢化の進行とともに、ますます懸念される問題となっている。また、児童・思春期の自殺に関しては、自殺についての報道や、友人・有名人等の自殺に影響を受けやすく、少子化社会の中での大きな課題となっている。

 このように、自殺は、全ての国民にとって、身近に存在し得る問題である。また、自殺は、本人にとってこの上ない悲劇であるだけでなく、家族や周囲の者に大きな悲しみや困難をもたらすとともに、社会全体にとっても大きな損失である。このため、効果的な予防対策を実施することは緊急の課題となっている。

 自殺の原因については、統計上、健康問題、経済・生活問題、家庭問題が上位を占めるが、実際には、人生観・価値観や地域・職場のあり方等、統計には現れないさまざまな社会的要因も影響している。さらに、近年の自殺増加の背景には、「生きる不安」や「ひとりぼっち(孤独感)」の状況が存在している。これらは、他の先進諸国と同様、堅固な価値観や将来への明るい展望を見失いがちな転換期である現代に特徴的なものであるといえる。

 このため、自殺予防対策を推進していくに当たっては、このような自殺を取り巻く問題を考慮し、うつ病等対策などの精神医学的観点のみならず、心理学的観点、社会的、文化的、経済的観点等からの、多角的な検討と包括的な対策が必要となる。

 本懇談会は、自殺予防の基本的な考え方についての提言を行うとともに、社会全体として自殺予防に取り組む契機とすることを目的に発足し、今年2月以来7回にわたり、自殺や自殺予防対策の現状と、今後取り組むべき自殺予防対策について、多角的な検討を重ねてきた。検討に当たっては、身近に自殺した人がいる方々の意見や、地域での予防活動、経済学的研究、実態調査研究についての報告等を聴取する機会も設けた。

 今年8月には、自殺予防対策の理念や、早急に取り組むべき自殺予防対策を中心とした「中間とりまとめ」を公表した
(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0813-1.html
)。その後、自殺の原因、背景の捉え方等について、さらに検討を進め、今般、「自殺予防に向けての提言」をとりまとめたので、ここに報告する。この提言が、多くの国民、専門家、関係者等の目に触れ、国民の心の健康の保持・増進、そして、自殺予防の契機となることを切に願うものである。

 



第1章 自殺の現状と自殺予防対策の必要性

第1節 自殺の現状

 厚生労働省人口動態統計によると、自殺死亡数は、平成9年の23,494人(男性15,901人、女性7,593人)から平成10年に31,755人(男性22,349人、女性9,406人)と急増した。平成13年の人口動態統計によると、自殺は、死因の第6位、男女別に見ると、男性で第6位、女性で第8位となっている。近年の自殺の急増は、4560歳の中年男性の自殺死亡数の増加によるところが大きい。

 自殺の原因・動機としては、健康問題が最も多く、経済・生活問題、家庭問題がこれに続く(警察庁「自殺の概要」)。特に、平成9年及び10年においては、経済・生活問題、勤務問題を動機とした自殺や無職者の自殺が顕著に増加している。一方、生命的危険性の高い手段により自殺を図ったものの、幸い救命された者について、うつ病、統合失調症(精神分裂病)及び近縁疾患、アルコールや薬物による精神や行動の障害等の精神疾患を有する者の割合が75%で、中でもうつ病の割合が高いと報告されており、自殺は、精神疾患と強い相関関係があることが示唆されている

 

第2節 自殺の背景

1.自殺増加の時代背景

 現在、幸せの「ものさし」が変わってきており、物質的豊かさを求めるという時代は終わりつつある。所得・生活水準の向上により、物質的欲求は満たされつつある一方、生きる意味・希望といった精神面での欲求が満たされ難くなっている面もある。また、職場や地域においては、人と人とのつながりや絆が薄れ、仲間作りが困難な状況となっていることも多い。生きる不安や孤独感を抱え、誰にも相談できないような状況になると、さらに大きな精神的苦痛がもたらされる。さらに、社会環境が大きく変化し、これまでの堅固な価値観が失われる中、この変化にどう適応するのかという現代人の心の悩みは大きい。一方で、長びく不況を背景として、将来に対する漠然とした不安も広がっている。このような大人のストレスは、家族内で子どもにも長期的に深刻な影響を及ぼすことも懸念される。

 自殺死亡数を急増させた中年男性一般に目を向けると、いわゆる「中年危機」問題がある。長年、社会生活を送る中、自らの能力の限界や行き詰まりを感じ、また、健康上の問題も顕在化してくる。さらに、子どもの自立、配偶者との関係の変化、親の病気や死等、家族の問題も重なる時期であることから、心の健康問題を抱えやすい。また、男性は女性に比べて相談すること自体が恥ずかしいと考え、相談することについて抵抗感が大きく、問題を深刻化しがちであるという指摘もある。

 

2.自殺に至る心理

 人が自殺に至るまでには、さまざまな背景と複雑な心理的過程がある。自殺の真の理由を知ることは難しい。また、自殺を自由意思の現れや個人の選択として捉える見方もある。しかし、自殺した者の心理を分析していくと、自殺を自ら選んだのではなく、追い詰められ、どこにも行き場がなくなり、唯一の解決策が自殺しかないという状態に追い込まれる過程が見えてくる。さらに、社会的なつながりの減少や自分が生きていても役に立たないという意識、いわゆる役割喪失感から、危機的な状況にまで追い込まれてしまう過程、あるいは逆に、役割を背負いすぎて、耐えきれなくなるといった過程も明らかになる。また、このような過程でうつ病を発症し、正常な判断ができなくなることも多い。自殺は、自由意思に基づく行為というよりは、いわば「追い込まれての死」であると考えられる。

 このような状態に追い込まれる前に周囲の人に相談できれば、また、追いこまれても、“もう死んでしまいたい”という本人のサインに周囲の人が気づくことができれば、自殺に至ることを回避することができると思われる。

自殺のリスク(高橋祥友委員:「自殺のサインを読みとる」)

1) 自殺未遂歴     :自殺未遂の状況、方法、意図、周囲からの反応等を検討。

2) 精神疾患の既往:気分障害、統合失調症、人格障害、アルコール依存症、薬物依存症等。

3) サポート不足  :未婚者、離婚者、配偶者との別離。近親者の死亡を最近経験。

4) 性別                :自殺既遂者:男>女 自殺未遂者:女>男

5) 年齢                :年齢が高くなるとともに、自殺死亡率も上昇する。

6) 喪失体験         :経済的損失、地位の失墜、病気や外傷、近親者の死亡、訴訟を起こされる等。

7) 自殺の家族歴  :近親者に自殺者が存在するか?(知人に自殺者を認めるか)

8) 事故傾性     :事故を防ぐのに必要な措置を不注意にも取らない。慢性疾患に対する予防あるいは医学的な助言を無視する。

 

 

第3節 なぜ、自殺予防対策を実施するのか

 自殺は、本人にとってこの上ない悲劇であるだけでなく、家族や周囲の者に計り知れない大きな悲しみや困難をもたらすものである。また、社会全体にとっても大きな損失となる。したがって、効果的な予防対策を実施することは緊急の課題である。

 精神科医の臨床経験によると、「自殺したい」と訴える人は、「死にたい」と言いながらも「生きたい」という気持ちとの間を非常に激しく揺れ動いており、深い苦しみや不安を抱えている。また、うつ病を発症して、死にたい気持ちが出てきた人であっても、治療が効を奏し、死にたい気持ちが消えてしまうということが多い。このように、「死にたい」という人を救う方策は存在しており、これに基づき、自殺予防対策を行う必要がある。

 自殺は、周囲の者にもさまざまな影響を与える。特に、子どもの自殺は、家族や友人に長期間にわたる精神的な影響を与え続け、また、親の自殺は、子どもの心に大きな傷や自責感を残すことも多い。「あしなが育英会」で活動する自殺死亡者の遺児の一人が、「他の人に自分達と同じような苦しみはさせたくない。そういう思いから、自殺者を減らしたいという思いに駆り立てられて、ずっと自殺予防のための活動をやってきました。」と語ったように、家族や周囲の悲しみや苦しみは計り知れない。このような不幸な事態を防ぐ意味で、自殺予防対策の必要性は大きい。

 

 

 

第2章 自殺予防対策

第1節 自殺予防対策の目的

 自殺予防対策の最終的な目的は、各年齢において自殺死亡率を減少させることであるが、そのためには、後述するさまざまな対策の積み重ねが必要である。これらの対策を一つ一つ進めることにより、自殺死亡率の減少とともに、すべての人々がより健康で暮らしやすく、生きがいを持てる社会の実現が図られることとなる。

  (参考)       平成12年(2000年)に策定された「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」においては、平成22年(2010年)までに自殺による死亡数を2万2千人に減らすこと、また同年に策定された「健やか親子21」においても、10代の自殺死亡率を減少することが、目標として設定されている。

第2節 自殺予防対策の理念及び視点

 自殺予防対策の実施に当たり、自殺を考えている人がどういう状況にあるかということを理解する努力が必要である。自殺を考えている人は、同時にいかに生きるかを考えているといわれており、自殺を考えている人を含めてすべての人々に対し、生きる勇気と力を取り戻させるような支援体制や環境をつくっていくことが重要である。一人ひとりが社会や他者とのつながりを持つための支援、自殺を考えている人への適切な支援、不幸にして自殺が行われた場合の周囲の者に対する適切な支援等を進めると同時に、これらの支援が円滑に行われるような環境づくりが必要である。

 また、生命の尊さや生きることの意味を考え、生きる誇りと自信を育てる教育や心の健康問題に関する正しい知識の普及・啓発等、心の健康の保持・増進に関する取組も重要であることは言うまでもない。さらに、自殺死亡者の増加には、「生きる不安」や「ひとりぼっち(孤独感)」の状況が背景にあることから、人の心が豊かに育ち、交流することができるような、人と人との絆を重視した「温かな社会づくり」が必要である。たとえば、「生きることを支える」ということを共通のテーマにして、地域の健康づくり活動を発展させた仲間づくり、参加意識・役割意識を育てるような地域活動等、生きる力を取り戻せるような活動も要求されている。

 自殺を効果的に予防していくためには、自殺の実態を継続的に把握しつつ、多角的な視点から対策を検討する必要がある。

 ○ 実施主体について

  ・    国民、保健医療福祉関係機関、教育関係機関、マスメディア、事業者団体、労働組合、事業場、ボランティア団体、国及び地方公共団体等がそれぞれの特性を活かして役割分担を図りつつ、相互の連携を重視する視点

 ○ 対象者について

  ・    自殺を考えている人や、自殺未遂者、その家族・友人等の周囲の者、さらに自殺死亡者の家族・友人等の周囲の者、各々のニーズに応じた支援と環境づくりを行う視点

  ・    国民各層に対し、心の健康問題に関する正しい理解を普及・啓発する視点

 ○ 対策を行う場について

  ・    個人に対する対策にとどまらず、家族・地域・職場での支援、環境づくり等、社会全体で対策を実施していく視点

 ○ 原因を踏まえた対策の在り方について

  ・    実態調査等により自殺の背景・原因を十分に明らかにしつつ、適切に対策を企画する視点

  ・    自殺の背景として重要な「うつ病」に関する対策の推進等を含め、自殺の背景・原因に応じて対策を実施していく視点

 ○ 段階別の予防対策について

  ・    予防医学で用いられる一次、二次及び三次予防の考え方と同様に、自殺の原因等を評価し、自殺の蓋然性が低い段階でその予防を図ること(普及・啓発や教育:プリベンション)、現に起こりつつある自殺の危険に介入し、自殺を防ぐこと(危機介入:インターベンション)、不幸にして自殺が生じてしまった場合に他の人に与える影響を最小限とし、新たな自殺を防ぐこと(事後対策:ポストベンション)の3つの段階に応じ、対策を実施する視点

第3節 自殺予防対策

1.       実態把握

 自殺予防に役立つかたちで、自殺の実態把握を正確に行うことが必要不可欠である。自殺の背景は複雑であり、本人に属する要因(性格、年齢、疾患、職業等)、本人と家族や周囲の者との関係、本人を取り巻く環境が複合的に関係していると考えられる。しかし、既存の統計は、自殺の実態解明を目的とするものではなく、これらの統計からはこのような情報を得ることはできない。

 このため、自殺の実態を正確かつ継続的に把握するための調査研究が必要である。たとえば、自殺の実態把握に特異的な方法として、自殺死亡者の「心理学的剖検」という専門的な調査方法があるが、この方法については、得られる調査結果の質、プライバシーの確保、調査対象者となる自殺死亡者の家族や周囲の者の負担等、多角的に有用性や実施方法等の観点から検討を続ける必要がある。また、自殺未遂者のうち、救命救急センターで診療を受けている者は、高度な医療によりようやく救命された者が主であるため、その実態は自殺死亡者ときわめて類似しており、自殺の実態を把握できる調査対象者となり得る。他に死体検案の情報を基にした法医学領域での調査や、死亡票の活用等も考えられる。

 全国的な実態把握を効率良く行うには、国立の研究機関等が中心となって、精神保健福祉センター、保健所、救命救急センターを含む医療機関、事業場、医師会等との連携により多角的に進めていくことが必要であると考えられる。同時に、地域により自殺の実態が異なることから、地域の実情に応じた自殺予防のための組織づくりも念頭に置き、地域の把握を行うことも必要である。

2. 普及・啓発や教育

(1) 心の健康問題に関する正しい理解の普及・啓発

 (1)      必要性

 うつ病等の心の健康問題やそれに起因する自殺の問題は、誰もが抱え得る身近な問題であり、こうした点を国民一人ひとりが認識することは、自殺予防にとって重要である。自殺問題は、どこの国でもタブーとされる傾向にあるが、タブーとして蓋をせず、これを正面からとらえ、その正しい理解の普及・啓発に力を入れることが重要である。

 自殺の危険性が高い人々に対する対策(ハイリスクアプローチ)に加え、国民全体に働きかけること(ポピュレーションアプローチ)は、国民全体の自殺のリスクを下げるという意味で効果的と考えられる。つまり、ハイリスクと考えられていない大多数の者にも全く自殺のリスクがないわけではなく、結果的に自殺を選んでしまう者も、この大多数の集団の中に多く存在するからである。

 (2)      セルフケア

 国民一人ひとりが心の健康問題の重要性を認識するとともに、過剰なストレス等の心の健康問題を抱えた場合に、自ら気づき、適切に対応できることも、自殺予防にとって重要である。そのためには、自ら心の健康に関心を持ち、問題が生じた場合には、家族や周囲の者に相談したり、悪化する前に地域・職域の適切な機関(保健所、精神保健福祉センター、児童相談所、市町村、医療機関、学校、事業場、労災病院、産業保健推進センター、地域産業保健センター等)に相談したりするように普及・啓発を行うことが必要である。

 (3)      セルフケアの支援

 心の健康問題を抱えた場合に気軽に相談できるように、地域・職域の相談機関、相談方法等が周知されるような取組を、平素から各機関は心がける必要がある。特に、心の健康問題を抱えた際に、専門家である精神科を受診することに抵抗感のある者が多いことから、精神科プライマリケアを普及し、気軽に受診できるような環境づくりが必要である。また、本人が相談し難い場合には、家族や周囲の者による適切な対応が必要である。さらに、地域におけるサポートグループの活動等身近な支援体制の活用も考えられる。

 (4)      普及・啓発の実施

 心の健康問題に関する正しい理解の普及・啓発に当たっては、地域・職域における健康診断や健康教育の機会、「いのちの日(12月1日)」、ポスター、パンフレット、インターネット等、あらゆる手段を活用することが必要である。

(2)児童・思春期における留意事項

 (1)      心の形成を重視した教育と心の健康問題に関する正しい理解の普及・啓発

 自殺予防を発達や成長の観点から考えた場合、子どもの頃から、自分らしさを確立し、自らの困難や挫折、ストレス等を克服し適切に対処する力を養う必要がある。その一方で、他の人を支援し、他の人と関わり合い、ともに助け合って生きる「共助の感覚」を培うことも大切である。また、生命の尊さや生きることの積極的な意味を考え、生きる誇りと自信を育てるなど心の形成を重視した教育や心の健康問題に関する正しい理解の普及・啓発も必要である。これらは、家庭環境や学校環境の中で培われるものであり、さまざまな機会や手段を通じて教育の充実を図ることが必要である。これらが、心の健康問題に対する偏見の解消にもつながることとなる。

 (2)      自殺予防教育の可能性

 学校等児童生徒を取り巻く環境において、自殺予防を直接の目的とする教育に取り組む必要があるとの指摘がある。例えば、欧米では、自殺予防の教育が子どもの段階から学校で行われている国もある。その主な内容は、(1)自殺の実態について知る、(2)自殺につながるような危険な状態が、人生の中で起こり得ることを知る、(3)友人の自殺の危険に気づいた時の対処法をロールプレー等の手法を用いて考える、(4)地域にどのような関係機関があるかを知る、等(高橋祥友委員「青少年のための自殺予防マニュアル」)である。我が国における取組を検討する上で、このような海外の取組も参考としていくことが望まれる。

3.危機介入

(1)うつ病等対策

 (1)      必要性

 自殺の危険性(リスク)が高い人を早期に発見し、危機介入するという取組(ハイリスクアプローチ)により、目に見える効果が期待できると考えられる。自殺死亡者にうつ病を患っている者が多いこと、うつ病の治療法が確立されていること、一部の地域では、うつ病等の問題を持つ者への対策により自殺予防に一定の効果をあげていることから、こうした事例も参考にしつつ、早急にうつ病等への対策の充実に取り組むべきである。

 うつ病のサイン

【自分で感じる症状】

憂うつ、気分が重い、気分が沈む、悲しい、イライラする、元気がない、集中力がない、好きなこともやりたくない、細かいことが気になる、大事なことを先送りする、物事を悪いほうへ考える、決断が下せない、悪いことをしたように感じて自分を責める、死にたくなる、眠れない

【周りからみてわかる症状】

表情が暗い、涙もろい、反応が遅い、落ち着きがない、飲酒量が増える

【身体に出る症状】

食欲がない、便秘がち、身体がだるい、疲れやすい、性欲がない、頭痛、動悸、胃の不快感、めまい、喉が乾く

 

 (2)      自殺の危険性が高い人の家族や周囲の者の役割

 家族や周囲の者が、自殺を考えている人のサイン(既述の「自殺のリスク」や「うつ病のサイン」を参照)に早く気づき、相談機関や医療機関につなげる等適切に対応することは極めて重要である。このため、誰もがこれらのサインを知っていることが必要である。誰にでも起こり得るサインであるからと軽視せず、これらは救いを求める叫び声であると真剣に受け止めるべきである。

 

 (3)      危機介入し得る専門家等

 自殺のリスクが高い人を早期に発見し、危機介入し得る立場にある専門家等は、

ア.保健医療関係従事者等

医療機関:精神科医、かかりつけ医、助産師、看護師、臨床心理技術者等

地域       :保健所・精神保健福祉センター・市町村の医師、保健師、助産師、看護師、精神保健福祉士等

事業場    :産業医、産業保健スタッフ、管理監督者等、事業場等からの相談に対応する労災病院・産業保健推進センター・地域産業保健センターの相談担当者等

学校       :教諭、養護教諭、学校医、スクールカウンセラー等

 

イ.その他の職種

福祉事務所・消費生活センター等の相談担当者、社会福祉協議会職員、法律相談担当者、民生委員等

が、あげられる。保健医療関係職種はもちろんのこと、その他の職種についても、うつ病や自殺についての基本的な知識を持ち、相談機関の紹介等を行うことが期待される。

 

 (4)      精神科医等とかかりつけ医・産業医

 心の健康問題を抱えると身体症状が出ることも多いため、精神科医等より、内科医等のかかりつけ医・産業医を受診することが多い。現に、自殺死亡者の多くが以前に何らかの身体症状を主訴として精神科以外の医療機関を受診している。したがって、かかりつけ医・産業医が適切に初期対応を行い、症状に応じて、適切に精神科医等へ紹介することが重要であり、かかりつけ医・産業医と精神科医等との日頃からの連携強化が必要である。

 

 (5)      危機介入し得る専門家等の資質向上の方法

 かかりつけ医・産業医は、うつ病等の適切な診断及び治療を行い、必要な場合には、専門家への紹介を適切に実施できるよう、うつ病等の対策に関するマニュアルや研修等を活用し、自らの知識・技術の向上を図るべきである。また、医師会等が中心となって生涯教育を推進することが望ましい。

 地域、事業所、学校の保健医療関係従事者等は、早期に心の健康問題に気づき、専門家を紹介する等、適切な対応ができるように、マニュアルや研修等を活用しつつ、自殺予防やうつ病等に関する知識、対応技術の向上を図ることが重要である。

 また、心の健康問題だけでなく、経済・生活問題や家庭問題等も自殺の背景となるため、これらの問題を扱う地域の職種についても、心の健康問題に関するサインに気づき、相談機関や医療機関を紹介できるよう、自殺予防やうつ病等に関する最低限の知識を持つととともに、相談機関や医療機関に関する情報を保有していることが重要である。

 心の健康問題を持つ者の相談やその発見に関わる者は、自身のストレスも多くなりがちであるため、相互に支え合えるような機会を持つ努力をする等、ストレスが軽減され、適切な対応を継続できるように工夫を行うことも重要である。

 

 (6)      地域における体制づくり

 自殺のリスクが高い者に早期に対応するための機会として、保健所、市町村等による訪問指導や住民健診、健康教育・健康相談の機会の活用が考えられる。一部の地域では、このような機会に健康教育・健康相談の一環として、簡単なチェック表を用いて、リスクの高い者の発見を行い対策に結びつけている。先行事例を参考にしつつ、うつ病に関する使いやすい簡易チェック法を開発し、うつ病等対策のマニュアル等とともに普及することが重要である。

 また、地域においては、うつ病等の精神医学的に自殺のリスクが高い者に加えて、無職者、自営業者、死別者、離別者等、社会的観点から自殺のリスクが高い者に対して、福祉的な支援を行うことも重要である。

 早期発見を含むうつ病等の対策と、心の健康問題に関する正しい知識の国民への普及・啓発を同時に行うことが、より充実した自殺予防対策となると考えられる。このためには、保健所、精神保健福祉センター、市町村、医療機関、学校、事業場等関係機関の日頃からの連携推進が重要である。また、うつ病等対策などの自殺予防対策が地域における重要な行政課題として位置づけられるためには、地域における健康づくり計画の策定にあたり、休養・心の健康づくりに関する項目を盛り込むことが望ましい。

 

 (7)      職域における体制づくり

ア.職場における心の健康づくり対策

 自殺予防対策の課題の多くは、職場における心の健康づくり活動を推進していく中で取り組むことが可能であり、効果的である。平成12年度に旧労働省がとりまとめた「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」には、事業場における心の健康づくり対策の具体的内容がまとめられており、この指針の普及は、早急に実施できる自殺予防対策として重要である。この指針は、事業場における「心の健康づくり計画」を策定するとともに、セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア及び事業場外資源によるケアに取り組むよう求めている。また、事業場における心の健康づくり対策の推進に当たっては、心の健康問題の特性、労働者のプライバシーの保護、労働者の意思の尊重及び人事労務管理部門との連携に留意することが重要であるとされている。

 これまで、管理監督者教育や産業保健スタッフによる適切な対応等により、労働者の自殺を防止し得た事業場の事例があること、また、労働者の自殺に関し、事業場の管理者や上司の配慮不足を指摘する民事裁判事例の存在等からも、ラインやスタッフによるケアは自殺予防に有効であると考えられ、事業場における心の健康づくり対策は自殺予防にも効果があると考えられている。

 なお、労働者の自殺予防対策については、心の健康づくり対策の中でも緊急性が高いことから、平成1312月に「職場における自殺の予防と対応」が、厚生労働省によりとりまとめられており、その普及啓発を図ることも重要である。

 また、労働者個人の心の健康づくりにも配慮した事業場の管理のあり方を検討することや、職場での同僚・上司との絆をつくりあげていくことに加え、家族による支援も自殺予防を含めた心の健康づくりを推進するにあたって重要である。

 

イ.心の健康づくり計画の策定と推進

 心の健康づくり対策を推進するに当たっては、事業場における心の健康づくり体制の整備等を内容とする心の健康づくり計画の策定と推進が重要である。計画には、心の健康づくりに関する職場の現状とその問題点を明確にするとともにその問題点を解決する具体的な方策等を盛り込み、心の健康づくり対策を事業者自らが積極的に実施することを表明することが効果的である。

 

ウ.管理監督者や産業保健スタッフ等の知識・対応技術の向上

 産業医の役割や資質の向上については、「(1)うつ病等対策」の項で記載したことに加えて、事業場においても、管理監督者や産業保健スタッフの資質向上が必要である。

 日常的に労働者と接する管理監督者は、部下の心の健康問題にいち早く気づき、対応することがきわめて重要である。このため、管理監督者は、心の健康づくりについての正しい知識と本人に対する正しい対処方法を身につけることが必要である。また、産業保健スタッフは、労働者のストレスや心の健康問題を把握し、適切に相談・支援を行うことが重要である。加えて、管理監督者に対する相談・支援や職場環境の把握、評価、改善等を図ることも重要である。

 管理監督者や産業保健スタッフ等の知識や対応技術の向上のためには、研修やパンフレット等による情報提供等を実施することが必要である。また、事業場によっては、産業保健スタッフの人数が十分でない場合もあり、質量ともに充実が必要である。

 

エ.職場復帰の支援

 心の健康問題により休業した労働者が職場復帰する際、再発の予防が行われ、円滑な職場適応のための配慮がなされることが重要である。このため、専門家による支援等あるべき支援体制の検討を行うことが必要である。

 

オ.事業場外の心の健康づくり相談体制の整備

 事業場内の相談体制の充実に加え、プライバシーに配慮した事業場外の心の健康づくり相談体制を整備することが重要である。労災病院、産業保健推進センター、地域産業保健センター、EAP(従業員支援プログラム)等のそれぞれの役割・特性に応じて事業場を効果的に活用できるような在り方の検討が必要である。特に、日本の労働者の約3分の2は、産業医の選任義務のない小規模事業場で働いており、これらを含め中小規模事業者等においては、心の健康づくり対策のための人材確保が困難な場合が多いことから、事業場外の心の健康づくり対策を実施する関係機関を有効活用できるように、パンフレット等を利用した周知徹底と日頃からの関係づくりが重要である。こうした事業場における心の健康づくりを事業場内あるいは事業場外から支援する専門家の養成も必要である。

 

 (8)      地域と職域の連携地域と職域の間に切れ目がないよう、本人の了解に基づいた支援を行う体制が重要である。地域だけ、あるいは、職域だけでは対応できない場合もあり、それぞれの役割を明確にした上、特性を生かし、補い合い、連携することできめ細かい効果的な対策ができると考える。

 

(2)児童・思春期における留意事項

 (1)      心の健康問題に関する専門的な相談・支援体制の充実

 児童思春期精神医療の専門家は、児童・思春期の心の健康問題に関し、専門的立場から具体的な対応を行い、また、学校、児童相談所・精神保健福祉センター等の地域の機関からの紹介先として重要な役割を持つ。

 しかし、児童思春期精神医療の専門家確保は、十分とは言えない。また、児童精神科の科名標榜が認められておらず、大学での講座設置が少ない等、児童精神科医療を推進する体制は十分でない。子どもの入院治療には、発達の保障、教育の保障の視点が必要であるが、教育施設が付置されている児童の精神科入院施設は、全国で19カ所と少ない現状である。児童思春期精神医療の専門家の増加、これら専門家と一般小児科医や精神科医等との連携等により、児童思春期精神医療の実施体制を充実することが必要である。

 

 (2)      学校における相談・支援体制の充実

 児童生徒が自殺の危険を抱える等、心の健康問題が生じた場合、学校、児童生徒を取り巻く環境においても、担任や養護教諭の相談・支援体制の充実やスクールカウンセラーの配置を積極的に進める等、気軽に相談でき、これに適切に対応できるようにすることが重要である。また、精神科医が学校医やスクールカウンセラーとして活躍することも重要である。

 

(3)    電話による危機介入の充実

 「いのちの電話」等、自殺を考えている人が24時間相談できる、専用の電話相談は非常に重要である。自殺を考えている人を思いとどまらせ、さらに、関係機関を適切に紹介することにより、自殺予防に寄与している。適切な相談対応を行うためには、相談員の確保、養成研修等による資質の向上とともに、関係機関との日頃からの連携が重要である。また、相談活動の広報自体が、国民に対する普及・啓発効果も持つため、自殺予防について効果的であると考えられる。

 

(4)    手段からみた自殺予防

 自殺を予防するため、建築や空間の観点から自殺の手段に対して対策を講ずることも重要である。例えば、駅での飛び込み自殺を防止するために、ホーム・ドアの設置やこれに準ずるものの設置がある。しかし、縊死や飛び降りによる自殺の予防に関しても建築や空間の観点だけでなく人との関わりや信頼関係の関与が重要であると報告されており、総合的な自殺予防対策との一体的な取組が必要であることはいうまでもない。

 

4.       事後対策 〜自殺未遂者や自殺未遂者・死亡者の家族、友人等の周囲の者に対する相談・支援〜

 (1)      必要性

 20歳未満の自殺死亡者の遺児数は平成12年で約9万人と言われており、その数は近年、急増している。自殺により遺された家族・友人等は、心に深い傷を負い、最悪の場合、「後追い自殺」や「群発自殺」が起こることもある。したがって、これら遺された家族、友人等に対する相談・支援は極めて重要である。

 自殺死亡者の数倍から数十倍といわれる自殺未遂者においても、救急医療現場と精神科医等との連携が重要であり、また、家族・友人等への影響は非常に大きいことから、相談・支援の充実が必要である。

 「群発自殺」とは (高橋祥友委員:「群発自殺」)

 自殺が単独で生じるばかりでなく、時に複数の人々による自殺が起きることがあり、この現象は群発自殺(clustered suicide)と呼ばれている。群発自殺には、連鎖自殺(狭義の群発自殺)、集団自殺、自殺名所での自殺等が含まれるが、これらが複雑に組み合わさって生じる場合もある。

 

 (2)      地域等における相談・支援体制

 大切な家族を自殺で亡くされた遺児の方々が、勇気をもって公の場で自らの体験を語り始めている。このような活動により、遺された家族、友人、職場の同僚等に対する支援体制について、ようやく社会的な関心が向けられるようになってきた。しかし、まだ自殺問題をタブーとする傾向は強く、自殺で家族、友人等を亡くしたことの辛さを人に話せず、一人で抱えている現状があることも事実である。地域等の相談機関や医療機関において、精神科医や臨床心理技術者等が中心となって、自殺死亡者の家族、友人等に対し心のケアを行うことが重要である。あわせて、相談機関において、遺された家族、友人等が気軽に相談できることを、普及・啓発することも重要である。

 

 (3)      児童・思春期における留意事項

 学校等児童生徒を取り巻く環境において、不幸にして自殺が起きた場合、周りの児童生徒に対する強い心理的影響が考えられることから、これを軽減することは重要的課題である。この心理的影響は、個々の児童生徒によって異なるため、個別にきめ細かな支援を行うことが望まれる。また、児童生徒は、流行に影響されやすく、「後追い自殺」や「群発自殺」が発生しやすいといわれている。そのため、万が一、自殺が起きた場合の具体的な対応策について、海外の動向や様々な研究成果を踏まえ、例えばマニュアル化等も含めて検討の上、そうした成果を学校等において普及・啓発を行うとともに、担任、養護教諭等が中心となって相談体制の充実を図ることが必要である。

 

5. その他

(1)    報道・メディアに望まれること

 精神疾患や精神医療に対する偏見が根強く残っており、心の健康問題を抱える者が気軽に精神科医等を受診できる状況にないと言われている。このため、報道機関においては、精神疾患や精神医療に対する偏見を助長することのないような適切な報道に努めていただいたい。

 一人の自殺の結果、それに影響を受けた複数の者の自殺が誘発される場合(群発自殺)があり、これは、報道の仕方によっては、さらに拡大する可能性がある。過去にも、有名人の自殺の方法や場所、後追い自殺の発生等が、詳細かつセンセーショナルに報道され、その後、自殺が急増した例が複数報告されている。特に、児童・思春期の自殺については、こうしたリスクが高いとの指摘があり、関係者には留意していただきたい。

 一方、メディアは、国民に対して大きな影響力をもつため、適切な報道によって、自殺予防に大きな力を発揮できると考えられる。自殺のサインへの気づき方、その際の対応の仕方、相談機関等自殺予防のために有用な情報を報道するよう、自殺予防を考慮した自殺報道のあり方に留意していただきたい。

 最近では、インターネットの普及により、自殺予防に関するものから自殺を促すものに至るまで「自殺」関連サイトが多数存在する。インターネット上における様々な自殺関連情報にも留意していただきたい。

 

(2)    自殺の社会経済的影響

 近年の自殺の急増の原因の一つに経済・生活問題があると考えられることから、自殺予防対策には、経済状況等の観点も考慮する必要がある。しかし、経済の変化が起こる以前にストレスを予防できるような心の健康づくり対策を行うことで、経済・生活問題が自殺につながる危険性を小さくする可能性があると指摘されており、経済施策の影響も勘案して総合的な対策を行うことにより、さらに大きな効果を期待できる。

 

(3)    自殺予防対策の推進

 自殺は、国民の健康に関する問題であると同時に社会状況にも大きく影響を受けることから、現行の対策を適宜評価し、実態に応じた対策を実施することが重要である。そのためには、まず、当面の自殺の動向を詳細に把握し、さらに継続的な調査研究、情報収集、事業の効果の評価等を実施することが必要である。また、円滑かつ効果的に対策を推進するため、各種関係機関・団体、国及び地方公共団体等が緊密な連携を図ることが必要である。さらに、対策の推進には、各種の調査研究、相談体制の整備、情報発信、自殺予防対策の提案等を一括して行ういわゆる「自殺予防センター」機能が必要である。

照会先
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神保健福祉課
心の健康づくり対策官 植田(内線3053)
医療第二係 川島・村井(内線3067)
TEL 03−5253−1111(代表)
FAX 03−3593−2008