成果主義下の生活と健康

 

                                                            2004年2月28日 更新

産業医学の視点で成果主義をながめてみました。
この論文の本体は、(財)労働科学研究所発行の月刊誌「労働の科学」2003年3月号(58巻)に掲載されたものです。
けれど、書きたりなかったこともあるから、次の補足をお読みいただいてから本文にすすんでください。


目次

T 補足 成果主義についての見方
 1.成果主義は目的ではなくツール
 2.大事なものは人的経営資源そのもの
 3.成果主義のストレス面を改善するには

U 本文 成果主義下の生活と健康
 1.はじめに
 2.成果主義の経済的背景
 3.成果主義が働く人々におよぼす影響
   1)従業員間の競争が高まる
   2)より長時間労働となる
   3)自己責任の強まり
   4)不安感を高める
 4.まとめ


T 補足 成果主義についての見方


1.成果主義は目的ではなくツール

成果主義への評価は人によって色々ですが、管理人の視点ははっきりしています。これはツール(手段)であって、それを使う人や組織の運用次第で成果も変わってくるのです。もちろん総額人件費削減という大競争時代に特徴的なオプションがついているけれど。

 ものの見方、考え方にも色々あって、ある小学校で裁断機(紙の重なったのをギロチンみたいに切るやつ)で、子どもが指をケガしたら、裁断機は使用禁止になっちゃった! 

こんなコチコチの視点は賃金制度にもあって、「成果主義を導入しない企業は旧時代のバカ」だとか「ビジネスパースンにストレスをもたらす諸悪の根源」などの両極端。

 

 別に成果主義を導入しなくても、みな仲良く賃下げして、年功序列のままという手もある。要は企業が生産性を高められるならば、どんな賃金制度を使うのもカラスの勝手じゃん! というわけですね。

 ただ現代は、企業もビジネスパースンも大競争時代という大風に構えすぎてしまい、不安の強い経営や働き方をしているから、「わが社の再生の秘薬」と感じてしまい、「成果主義でやっているから大丈夫」と考える職場が多いと、管理人は思います。

 

2.大事なものは人的経営資源そのもの

 本文で書いているように、成果主義は確かにハイパフォーマンスなツールだけれど、不安定(逆にいえばフレキシブル)なシステムだから、上手く運用するためには、調整に手がかかります。たとえば考課の基準を2〜3年毎にマイナーチェンジしたりして。

 でも制度の調整にばかりこだわってしまうと、本末転倒になります。考課の基準を「あーでもない、こーでもない」と改善してみたところであまりメリットはでてこないのです。

 なぜなら利益を生み出す源は、賃金制度ではなく、人的経営資源(=人財、管理人風に言えばワーキングパワ−)だから、ここに直接手をかけないと空回りしてしまう。ホウレンソウの仕方や、指示命令のあり方を大競争時代に即したものにしないと、苦労は報われません。

 

3.成果主義のストレス面を改善するには

 本文には成果主義のストレス面を中心に書きましたが、これを改善するにはどうしたらいいの? というご意見もおありでしょう。でも管理人はビジネスパースンではなくて、産業医学研究者だから、「みなさんで考えてください」というしかないです。

 でも、それではあんまりだから、ヒントは書きましょう。

 成果主義とあわせて時間管理をしっかりやることです。

「そんなのムリだよ!」というお気持ちはわかります。成果主義は年俸制(あるいは時給制) アンド みなし裁量労働というパッケージ化に進んでいるから。

「みなし裁量労働と時間管理なんてコトバの矛盾だよ!」という憤りはごもっとも。

でも裁量労働だからこそ、規律が必要なのです。研究開発や設計、営業などのビジネスパースンが使う脳だって、筋肉や内臓と同じで、しっかりメンテナンスしなければならないのです。

 

厚労省が平成14年2月12日に出した「過重労働による健康障害防止のための総合対策」(基発第0212001号)には「事業者は、裁量労働制対象労働者及び管理・監督者についても、健康確保のための責務があることなどにも十分留意し、過重労働とならないよう努めるものとする。」と書かれています。

 

すべてに完璧なツールを求めると、ビジネスパースンの心身のパフォーマンスが低下してしまい、生産性は逆に落ちてしまうと、管理人は思うのですね。







成果主義下の生活と健康 本文


                           

 

(財)労働科学研究所 特別研究員 鈴木 安名

 

労働の科学 58巻3号(2003年3月号)から転載

 

1.はじめに

 臨床医の筆者にとって成果主義の「成果」を論ずるのは荷の重い作業であるが、診療の現場や産業医の仕事を通じての事例などから検討してみた。働く人々の健康と生活に及ぼす影響を吟味する場合、これ一つを切り離して考えるべきではない。成果主義の導入は、旧日経連が1995年に『新時代の「日本的経営」』を発表して以来、経営者団体などの意識的な努力によってなされてきた。大事な点は、以下にあげた3つの経済条件の急激な変化を伴いながら、短期間に導入されてきたという点である。

 



2.成果主義の経済的背景


@製造業の海外展開

 生産拠点が中国をはじめとしたアジア諸国に移動したこと。ただし日本企業は、欧米のそれに比べて、10年の遅れを伴っていた。かつては為替相場が円安の時期には、国内生産でも利益を確保できていたから、欧米のように必ずしも人件費の安い海外生産にこだわる必要はなかった。80年代は国内外での生産という両面作戦が可能だった。しかし90年代には円高が定着し、世界規模で企業間競争が激しくなり、日本企業は欧米企業に追いつくために、短期間のうちに海外生産に移行する必要に迫られた。

A雇用の流動化と会社の分割化

リストラと並行して、正社員をパート、派遣、契約社員など、いわゆる多様で柔軟な雇用形態の社員(非正社員)に置き換えていく雇用の流動化が進んでいる。この背景には、製造、小売など部門を問わず技術革新が進み、未熟練の非正社員であっても、熟練社員の業務をある程度肩代わりできるようになった事がある。また思い切って人件費を節約するため、人件費の安い子会社をつくって社員を転籍、出向させるという会社の分割化が盛んになってきた。

Bジャストインタイム化

 情報通信技術の進歩を応用し、製造業だけでなく流通、小売など部門でもジャストインタイム化が進んだ。製造業の分野では世界に冠たるトヨタ生産方式に加え、小型電子機器の分野ではセル生産方式が浸透しつつある。ムダを徹底して省くモノづくりのあり方が製造業の標準になった。

 その結果、各企業は在庫を徹底して減らしつつも、高品質な商品を徹底して安く、速くユーザー企業や消費者に供給できる仕組みが求められていく。産業界のあらゆる分野でジャストインタイムが広がっていった。

 

 以上の3つの経済環境の変化によって、価格破壊がますます進み、企業が市場に生き残るために赤字受注を余儀なくされる場合もある。したがって従来以上に人件費の削減にエネルギーを注がなければならない。さらに重要なことは、あらゆる業種で、商品の開発期間が非常に短縮したことである。例えばSEの仕事の一区切りは、10年以上前までは1年程度あったが、今や2ヵ月程度で1つのJOBが終わるほどになっている。とはいえ、1つのJOBに関する責任の度合いが6分の1になるのではない。逆に、商品の価格や納期だけでは勝負にならないから、昔以上に高品質を追求し、他社との違いを明確にする付加サービスが欠かせなくなる。したがって労働は高密度化していく。

成果主義の背後には、「総額人件費の削減」と「時間の圧力」という二つの負荷が存在しているのだ。これらの要素を度外視して成果主義を論ずるわけにはいかない。

 


 

3.成果主義が働く人々に及ぼす影響


 

1)従業員間の競争が高まる 

事例 「足手まといの唄」

ある会社の支店。朝礼で2人の男女が何やら歌をうたっている様子。社員が彼らを半円に取り囲んでいる。2人の顔は惨めに歪み、「声が小さいぞ!」という叱咤激励に、「足手まとい、あしでまとい、あしでまといの唄〜」という歌詞がようやく聴きとれた。

 この会社では、以前から個人別の目標管理をしていたが、チームワークに問題が生じてきた。そこで個人成績を合算したグループ目標の管理も行うようにした。目標に達しなかったグループには叱咤激励の意味で罰を与えることになった。有名な歌の替え歌で「足手まといの唄」というのを作り、未達成グループのうちで、個人成績が下位の2人に、朝礼で歌わせるというものだった。これを問題視した経営役員と労組役員とが、支店長を問いただしたところ、「支店全体で決めたことだから問題はない」ということだった。

 

解説

成果主義賃金は、年功序列賃金や職能給と違って、数値化された目標の達成具合で賃金が減ったり増えたり変動する。何よりも総額人件費削減が背後にあるから、社員間の競争が強まって、仕事のあり方がどうしても個人中心になり、仕事のノウハウや技術・技能を他人に教えなくなる。点数にならないチームプレイは無視されがちになり、時には業績を増やすための不正行為までも生まれる。その対策として、目標管理を個人だけでなく、グループに対して行う場合が多い。

 しかし競い合う個人の成績を合算したところでチームワークやモラルが高まる訳ではない。それどころか過度な競争は、事例のように小中学生のようなイジメをもたらす事さえある。最悪、自殺がおきれば安全配慮義務を問われる。成果主義は、ともすれば多くの日本人が体験してきた受験面での点数主義、スポーツ分野での勝利至上主義に還元されやすい。その方が社員にとって理解しやすいし、上司はマネジメントが楽になるように思える。半面、そんな成果主義のメリットが裏目に出て、悪い意味で職場が学校化しヨコの人間関係が悪化する。

 社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所の研究では、人間関係の悪化は上司との間よりも同僚との方が、より大きな精神的ダメージになるとしており、配慮が求められる。

 


 

2)より長時間労働となる 

事例 「理事長表彰」

祭日の夜11時近くに若い女性が腹痛で受診した。盲腸が心配だという。4日前から臍周りの痛みと軟便があったそうだ。診察上は、幸い虫垂炎ではなく胃腸炎だった。問題は診断や治療ではなくて受診の経過である。「昨日はもっとひどく痛んだの。今日はずっと良くなったけど、仕事が一段落したので一応来てみました。」頬の線にはあどけなさを残すのに、話の中身はまるで中年サラリーマン。虫垂炎なら破れて、腹膜炎だったな…と思いながらも話に耳を傾けた。

 彼女は23歳で信金の窓口で働き、定期預金や提携クレジットカードなどの契約を増やすのが仕事である。社内には毎年、成績の上位数名が理事長から表彰される制度があり、その日は締めくくりの月の最終日だったという。女性職員の成果が合計されて男性上司と支店の業績になるので、できる人ほどプレッシャーがかかるとのこと。で、あなたは表彰されそうですか? と尋ねると、彼女は急に眼を輝かせて「おかげさまで間違いなく取れます!」と誇らしげに言った。救急室は場違いな雰囲気になった。


 

解説

 先にあげた成果主義導入の経済的背景には、時間の圧力の強まりがある。加えて、申告目標の達成期間は、長くて1年、多くは半年以下の短期である。あらゆる業種で技術革新が進んでしまったから、スタッフは斬新で創意に富むアイデアをそうそう生みだすことはできない。管理職はもっと大変で、部下の指導や育成に時間をかける余裕はない。勝負の期間が短い中で成績をアップするには、労働時間を長くするほかない。これは受験生が長時間机に向かうのと同じである。

 事例にあげた胃腸炎のような急性疾患だけでなく、糖尿病や高血圧症などの生活習慣病の場合は、治療を受けることが更に困難になる。筆者が医者になった24年前は、午前中の外来に受診するサラリーマンは今よりずっと多くて、夜間診療のある医療機関はごく少数だった。数年前のNHKの調査によれば、首都圏サラリーマンの3分の2は帰宅時間が22時以降という。これでは夜間診療の受け付けにも間に合わない。

 また企業検診をやっていると、過食と運動不足で肝臓に脂肪がたまる脂肪肝が激増したことに気づく。日本産業衛生学会での研究報告によれば、夕食から就寝までが2時間以下の場合、脂肪肝が増えてくるという。他の生活習慣病も依然として多い。高脂血症や高血圧症では薬による治療で管理できるから、受診さえしてもらえれば何とかなる。しかし糖尿病の場合、どんなに有能な医師であっても、長時間労働という生活習慣(ビジネス習慣)を持つ人の治療は困難を極める。なぜなら糖尿病では食事療法と運動療法が十分実行できなければ、薬の効果が半減するから。しかも、ある製薬会社の調査によれば、糖尿病患者の30%は抑うつ状態に近い精神状態という。多くの医師は意外な程、働く人々の職場実態を知らない。短い診療時間で、「仕事と命のどちらを選ぶのですか!」という恫喝型の療養指導に終始することにもなる。人事考課の悪化を覚悟で受診したのに、実情を知らない医者から、仕事のあり方を変えろと迫られれば、誰しも気分が滅入るだろう。

以上のように成果主義は、病気をかかえた社員に対して不利に作用するといえる。

 

3)自己責任の強まり


事例 「管理職の自殺」

これは筆者の経験例ではない。河北新報の報道によれば、仙台労基署は、あるメーカーの管理職が自分自身で申告した目標を達成できなかったことを苦にして自殺した事例を労災認定した。

解説

成果主義では、目標は与えられるものではなく、自己申告するものである。事例のように上司のかかわりがなくてもよい。そして真に自由な意思で決めようが、半ばノルマ的・半強制的なものであっても、最終的には自分で決める形をとる。

 自分で決めた事には達成する責任を負う、というのが市民社会のモラルである。人は自由な意志で決めたものほど、達成への意欲と責任を感じるものだ。成果主義が、強制力でノルマを達成させるような目標管理に比べて優れているのはこの点だ。だから自発的な意欲を上手に引き出せる上司ほど有能といえるが、そういう人は少数である。医者の療養指導と同じで、部下のがんばりを促す叱咤激励、なだめすかしに終始する人も多い。

以上のように個人責任を強める成果主義はメンタルヘルスに大きな影響を及ぼす。うつ病における認識の歪みの一つに、「過度の自己関連化」がある。否定的な出来事が生じると何でも自分のせいにするというもの。競争は参加者全員が同一条件でなされるべきである。けれど現実には参加条件が一定しないことが多い。たとえば小売業の場合、店舗ごとの環境に違いがあって当然で、お客の年齢、性別、職業や客単価などに差があり、スタートからハンデを負う場合もある。

 うつ病者や、うつ病の病前性格をそなえた社員は、これらの個人の努力では打開できないハンデについても、自己責任を感じて自分自身をせめる傾向があるので十分な配慮が求められる。


 

 

4)不安感を高める

 成果主義は、あれこれの基準を設定して社員間の競争を人為的に促すシステムである。前述したように、社員が業績を出すべき仕事の種類や環境には、多かれ少なかれ優劣がある。しかし競争の公平性は保たなければならない。この矛盾の中で成果主義を上手に運用するには、結果をフィードバックして、評価基準の見なおし、項目の新設や削減など、システムのメンテナンスが不可欠になる。

その結果、基準は不変のものではなくなり、一定の期間で変更することになる。ルールがたびたび変わるゲームは、見通し難く習熟が困難となる。さらに競争では勝つこともあれば、負けることもある。今期は良い評価を受けたとしても、来期がそうとは限らない。先が見えないから、その不安を解消しようと、今という瞬間にがんばりを発揮するのだけれど、それが将来を保障するものではない。

 要するに成果主義は、放っておけば社員の不安感を高める不安定なシステムといえよう。社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所の研究によれば、「労働生産性が高まることと不安が高まることに相関がみられる」という。逆説的にいえば、成果主義は社員の不安をバネに支えられているとも言える。戦後の長い歴史の中で、ある程度自然発生的に成立した年功序列制に比べて、成果主義は実に手のかかる制度なのだ。それに比べて年功序列制は、人件費の削減効率では劣るかもしれないが、システムの安定性や、社員にもたらす安心感の面で優れている。

 

 

4.まとめ 

 成果主義でメンタルヘルスは悪化する。長時間労働を土台として、社員の競争にかかわる種々のストレスが引き金になって、うつ病が生じやすくなる。職場のイジメは、最大のストレスの1つといえる。長時間労働とうつ病の発症を分析した研究は少ないが、女性では残業時間が増えると発病のリスクが3倍に高まるとされている。

大競争時代に生き残りをかけるために善意で導入した成果主義そのものは、仕事への動機付けを強め、少なくなった人員でも生産性の高い職場作りを可能とする。しかし現実には、成果主義の適切な運用には手がかかるし、副作用も大きな問題になる。これは癌を治そうとする医師が、効き目は強いけれども副作用も激しい抗がん剤を使用することに似ている。企業は成果主義の光と影をみすえて、これを適切にコントロールすることが望ましい。

 

 

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