素直な子ども、胃腸クンの叫び!


                       過敏性腸症候群のおはなし

                    2002年7月10日



 

メンタルヘルスの悪化の一つに心身症があります。心身症とは心理的、社会的要因(ストレス)によって発症や経過が影響をうける身体疾患のことをいいます。つまりは内科の病気ですね。高血圧症も実は心身症なのです。ストレスにより不安、緊張が高まると血圧が上がるのはご存知ですね。その究極は過労死ですが。

ほかに頭痛、胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、喘息、糖尿病、肥満症、心臓病、じんましん、などよく知られた病気も心身症です。

 

今回はビジネスパースンにとてもよくある胃腸病、過敏性腸症候群について考えてみましょう。

 

事例

Aさんは27歳男性。電機製造の上場会社に勤めています。会社は産業用のさまざまな測定装置やそれに関わる部品を製造しています。これらの装置は工場やプラントに使われて、ユーザーは企業なのです。彼の職種は営業。それも単なる営業ではなく、技術営業。

 

ユーザーは企業の技術者なので、製品の特徴や仕様などを詳しく解説できる知識と能力が求められます。事実彼は工学部の出身で、自社装置の解説には自信があり、業績も同年代の中ではトップのほうでした。

 

 3年前から彼の業績は増えはじめ、固定した顧客は増えて、新規顧客の開拓の時間が取れない様な、幸せな(?)悩みを持つようになった頃、この腹痛がやってきたのです。

 

6時30分頃におきて、7時近くに朝食をとると、30分もたたないうちに腹が痛くなってきてトイレに行く。行くと必ず柔らかめのウンチが出て、一応は楽になりますが、ウンチがでつくした感じがしなくてすっきりしない。ともかく家を出てバスから降りて電車に乗り換える頃、また腹が痛くなってくる。おへその周りから下腹にかけてグーっと痛み出すけど、ここは駅。

こらえようと痛みを我慢をすると、だんだん軽くなる。でも、しばらくすると痛みの波が襲ってきて、時にはねじれる様な痛みになるため「もうだめだ!」と思って駅のトイレに飛び込む。トイレの前には、似たような人が開くのを待っていて大変! やっと自分の番になる。やっぱり柔らかいウンチが出てようやく痛みは去っていく。

 

 会社にたどりついても、同じような痛みが来てトイレのお世話になるのですが、不思議なことに午後になってくると余り痛まない。日によって痛みや下痢のひどさには違いがあって、調子のよい日は1回トイレに行けばよいのです。けれど平均して午前中に3回は行く。

 

ある日出先のトイレへかけこむと、そこは和式でした。何となく出したウンチをながめてみると、表面にはトロトロとしたゼリー状の透明な粘液がかぶさっていました。なんだか気味が悪くなって、次の週、大腸カメラで有名なH胃腸病院に受診したのです。

 

検査の結果すぐに過敏性大腸症候群と診断され、トランコロンというピンク色をした痛み止めと、寝る前にメイラックスという抗不安薬(精神安定剤)が処方されたのでした。

 

ドクターから「精神安定剤を処方します」と言われたとき、彼は「自分にはストレスはない」といって、安定剤を断ろうとしました。そんなクスリに頼るような心の弱い人間と思われたくなかったから。高校時代はラグビーをやっていましたし、大学に入っても同好会には属して、仕事もできるタフな人間だと自負していましたから。

 

それを聞いたドクターはぜんぜん気を悪くしないで、微笑みながら詳しく説明してくれました。その時のドクターの顔が無邪気な感じだったので、なんとなく折れてしまい飲むことにしたのです。

 

飲んで数日すると痛みはかなり楽になってきました。副作用として口の渇きがいくらかあるけれど、あらかじめ説明を受けていたため不安はありません。トイレに行く回数も減って仕事の妨げになることも少なくなりました。

 

 良くなってくると、子どもの頃にも同じような症状があったことに気づきました。高校時代のラグビーでは「ひょっとしてインターハイに出られるかも!」という所まで行ったのですが、大事な試合の前日、腹を壊して近くのかかりつけの先生に注射を打ってもらった事を思い出しました。

 

 この病気は腸が過敏になっていて、ささいな刺激で腸の動きが激しくなって(激しく伸び縮みする=蠕動する)痛みや下痢が起こります。逆に便秘をすることもあるし、便秘や下痢を交互に起こすこともある。便秘の場合、ウサギのウンチのようなコロコロとした丸いのが出ます。ウンチがおかしくならなくて、おなら(ガス)がブウブウ出たりすることも。

 

 対人関係のストレスが原因のこともあれば、彼のように対人間の問題はなくても、ユーザーにとても気を使う営業やサポートセンター、パチンコ店の社員のように、もっぱら苦情処理を行うセクションの人のように業務そのものが心に負担をかける仕事の人に起こります。主婦の場合には姑との葛藤が多いですね。

 

ここで興味深いのは、対人関係のストレスがあっても、当の本人は、「上手くやっていくために、波を立てないよう自分を押さえて、言いたいことは我慢する」という考えの人が多いこと。泣き言をいわず黙々と仕事するタイプの方ですね。「

 

職場のメンタルヘルスがとことんわかる本」にも書きましたが、人間の大脳の働きには素晴らしいものがあって、ストレスをも押さえつけてしまう。つまり怒りや悲しみを表に出さないで「ガマンさせる」という働きがあるのですね。これがたいていの動物との違いです。

 

でも人間は心のない機械と違って、生身の体。

脳の辺縁系という場所では、しっかり怒りを感じているのです。ここから「このやろー!」(モノのたとえです)っていう感じの信号が、脳と腸を結ぶ神経を伝わって、腸まで届いて、腸をグニョグニョと動かして痛みや下痢を引き起こすのです。実際、お腹の中の神経を集めると、ネズミの脳みそぐらいの神経の固まりのサイズになるほどで、たとえてみれば胃腸には第二の脳があるというほど。ステゴザウルスという恐竜のしっぽの付け根には小さな脳があったから、まるで恐竜みたいですね。

 

 

今日も管理人は、ある上場企業の管理職の方にこう説明しました。

 

人間の胃腸にはたくさんの神経の束があって寄せ集めると、ネズミの脳みそくらいになるのですよ。で、人間には誰にもストレスがある。ストレスのない人間はいないし、ストレスを乗り越えれば一回り大きくなれる。そして一人前のビジネスパースンなら長く続く仕事の負担や嫌な人間関係であっても、こらえてしまったり、タテマエで生きることもできるのですね。でも限度を超えると、お腹の中の脳みそが怒り出してくる。いわば男も女もお腹の中に、「素直な子ども」を持っていて、その子がご主人様の代わりに騒いだり、叫んだりするようなものです。でもこの子はしゃべれないので、ただ体を伸び縮みさせて痛みで気持ちを表すことしかできない。

 

この子の訴えには、素直に耳を傾けてあげましょう。ガマン強いあなたの「素直な子ども」が叫びだすのは、ストレスが本格的になってきた時。そういう時には仕事の仕方を工夫してがむしゃらにならないようにしましょう。

 ああ、それから過敏性腸症候群を完全に治す必要はありません。素直な子どもである胃腸クンの怒り方、叫び方の程度、つまりはお腹の痛みの程度はストレスの体温計なのですから。タテマエで考えたりプライドというものがある人ほど、ストレスが見えなくなっている。だから、ストレス体温計のようなお腹の痛みは、すっかり取り除かないほうが良いのです。「あ、今週は少し痛いなあ、少し早めに帰ろうかな!」などと自己コントロールができるようになるからです。

 

さすが一流のビジネスマンは違う。すぐに理解していただけました。

 

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