今そこにいる優れた上司


                                           2002年 5月30日


 理想の上司はビートたけしだとか、星野監督などというアンケート調査の結果が、時々マスコミの話題になります。でも現実にはスタッフにとって、そんな上司はいません。

また管理職なら誰でも、部下の能力を十分発揮させて、しかも上からだけでなくスタッフからも支持が得られるようになりたいもの。

そういうノウハウ本は本屋さんのビジネス書のコーナーに掃いて捨てるほどあって、管理人の著書の数十倍はうれているはずでしょう。
 
けれども、そういう本には「部下のパフォーマンスをどういう風に発揮させるか」ということに、ほとんどのページをさいているけれど、メンタルヘルスが良い職場にする、つまりはメンテナンスをどうやって行うかの提案がないのです。

本のとおりにやろうとするのは非現実的とか、やろうとしたけど無視された、成果は上がったけれど退職者が続出したりメンタルヘルスが悪化したりとか・・・

格好をつけて、エグゼクティブの読むよーな雑誌を買ったら、信長型だとか家康型上司とかのIT時代にはそぐわないような内容だったりして・・・。
 
管理人は今、メンタルヘルスが良くてパフォーマンスも高い職場を探しています。

で、ようやくひとつ見つかりましたので、リポートします。もちろんその職場では、意識的なメンタルヘルス対策はしていません。



A氏のヒミツ


30歳代後半のA氏はB社に属する年商22億円ほどの配送センターの店長です。

B社は会員制の小売業で、配送センターの社員は配達だけでなく、商品の売り上げからはじまって、会員の勧誘や提携カードや生損保加入などの営業も行なっています。

A氏の店舗は社員12名、パート22名、アルバイト1名という構成。
この職場のメンタルヘルスはとても良いだけでなく、売り上げや営業の目標達成という意味でもB社の中ではトップクラス!
それも店長赴任後わずか2年目から(現在3年目)なのです。

どうもB社内では、何かの折にA氏の店舗に配転を望む社員もいるらしい。



管理人はA氏にインタビューして、その秘訣をうかがいました。

そして優れたビジネスパースン、ここにあり! と感激し、納得、共感しました。

もちろんA氏の職場にも顔を出して、その雰囲気をこの目で確かめてみました。
以下はA氏の言葉を一人称で書いてみたものです。



@「どうしたの?」と声かけをする

 毎日とか全員に対しては無理だが、帰社する場所(駐車場)で待っていて、社員やパートが配達から帰って来たとき、浮かぬ顔をしていたら必ず声をかける。

何を思っているのか、何を悩んでいるのか、とりわけ女性スタッフが多いので、配慮している。スタッフは配達の上に売り上げと営業という責任を負っているから。

昔からスタッフとコミュニケーションをはかるのは昼食時といわれてきた。でも自分自身は店長なので出勤時間がスタッフとは違う。

つまり昼休みには社員やパート達と食事を一緒にとれないので、コミュニケーションは夕方にとることにして、駐車場でウロウロしている。これは配達作業のチェックという意味にとどまらない。

事務所にはいると、スタッフのそれぞれには別な仕事があるので、帰着の時点で声かけをすることがポイントだ。店長として赴任した初めは余り反応なかった。はじめはスタッフに溶け込めていなかったので、そうは上手くはやれなかった、店舗ごとにやり方が違っていたから。

かしこまらずに、雑談調で、駐車場や廊下などで声をかける。
会議室などへ行くと、スタッフはかしこまってしまう。それで駐車場でやることが多い。以前の店舗では休憩室でいろいろな雑談をしていた。今の店舗は、休憩室が和室になっているので、退社のまえに和室にはいって休憩する人はいない、終わるとすぐ帰ってしまうから。


A残業は最小限で

 短い時間でも、よい仕事ができると思う。

残業時間を1、2、3時間と伸ばしていっても、2時間まではよいだろうが、3時間以上となると、延長した分がそのまま成果になるかは疑問だ。 
基本的に1.5時間の残業ですませたいと私は思っている。

 だらだら、やっても変わらないのではないか、とスタッフ時代の経験から思う。自分自身がスタッフのころ、職場にはなかなか帰れない雰囲気があったが、今振返ってみると無駄な金も使うし、本当に利益になっていたのかと疑問だ。

2年前に会社のある講演会で、「人間は8時間働き、8時間眠り、8時間を家庭で過ごすのが合理的で自然な姿」という話を聞いて、なるほどなと思った。

現在の自分自身を振りかえっても、本当は8時に終わるのに、9時まで残るようにすると、だらだらした仕事の段取りになってしまう・・・工夫や段取りの改善が求められるのに。

しかし部下にたいして単純に「帰れ」といってもだめ。
売り上げや営業の数字が行かなくても、本当に帰ってしまう奴もいるから。だからこそ、だらだら残業しないで、きっちり仕事をすることの意味はスタッフの一人ひとりに丁寧に話さなければならない。


B体調が悪そうな人には、「もう帰れ」という

 体調が悪そうな人には、「もう帰れ」と指示する。でも自分が見回って調子の悪そうな人に声かけするのではない。社員やパートが「あの人は調子悪そうだよ、早く帰らせたほうがいいのでは」、などと言いにきてくれるので、そのように指示するだけだ。別にラインの指示命令系統とは無関係に、気楽にいえる人間関係だ。

 私たちにはチームワークがあって、仲間意識も強く助け合ってやっていく方針なのだ。規模的にも社員は12人でパート22人がなのでやりやすい。


Cマネージメントのあり方

 店長としては怒らないで、スタッフが自分たちで考えるようにさせている。
スタッフというものは自分らで決めたことは実行するからだ。たとえば皆でトイレ掃除をすることになったら、各自がトイレをきれいに使うようになった。

各種の社内キャンペーンの目標を、「やれやれ」といっても駄目だから、「こうだから、やるんだよ」とその目的や意義をはっきりさせている。スタッフに対して感情的になってしまうと、仕事の会話ではなくなってしまうから。それでは何の解決にもならない。自分は今もなお感情を顔に出してしまう性格だが、そうならないように努力してしている。

自分はスタッフの時代に色々な、「やらされ感」を感じていたが、店長になってはじめて「何でそうやらなければならないのか」という経営の方針が判った。だから、経営上の方針の意味や目的はスタッフに対して丁寧に説明することにしている。

ただ社員やパートから、弱くとられてしまうかな? と不安になってしまうこともある。もちろんスタッフの言いなりにはならない。ただし提案されたことはルール内では何とかしてあげよう、という意識でやっている。


Dビジネスの基本を守るということ

 安全運転のルールを守ったり、取扱い商品の特徴をスタッフがしっかり学べるように指導している。

ある時「会員と喋るのが苦手です」という社員やパートがいた。だから会員とは何を話せばいいのかはっきりさせている。コミュ二ケーションが生れれば会員から学べてフィードバックできるから。

スタッフにはルールの中で自分の方針を示している。彼らが新しいアイデアを提案してきた時など、それがどんなに良くても、無条件にOKするのではなく、「本当はこうなっているのだぞ」とマニュアルを示してルールを示していく。そうして新しいやり方などを導入していけば、それが次の時点ではマニュアルになるわけだ。

私の店舗は社内の各キャンペーンで1位になることはない。
年間を通じて最終的に売上目標達成に行けばいいかな、と思っている。めだたなくても一年やって儲かればよいと思う。

ただし一つ一つのキャンペーンに関しては、できる範囲では、目いっぱいやってもらう。けれどもやりすぎて、スタッフが疲れちゃって、「今回のキャンペーンは捨てるか?」というやり方はしない。

スタッフにとっては、各種のキャンペーンというものはずっと続くというストレスがあるから、「またか、またか」という感じになれば、やる気が無くなってしまう。

なぜキャンペーンやるのかという意味を明確にする必要がある。例えば、今2ヶ月間の会員拡大キャンペーンをやっているが、これは春秋2回ある。少し考えればわかることだが、年度初めの春が命だということを説明している。春に会員が増えれば、それ以降商品の売り上げも自然に増えていくから。
 スタッフにたいしては会員のために、などといってもわからないのだ。「今、前半の春にやればあとが楽になるじゃん」などと説明する。


管理人のコメント 

 成果主義下の中にあっても、ルールという言葉が印象的でした。世が世ならば、ごく当たり前の管理職としての方針であるけれども。当たり前のことであっても、トップダウンに浸透させるのではなく、自主的な動きをつくっていく点で学ぶ点があります。

次の時代のビジネス界のあり方を考える意味でも興味深いといえます。


とりわけ、長時間勤務と生産性については、正道を行く感じで、思わず拍手! ていう感じでした。
偶然というか、かれが許容する残業時間は1日1.5時間以内で、これを1ヶ月に換算すると45時間以内で厚生労働省の基準に一致するのです。もちろんA氏は、そんなことは知らないのですが・・・。

こういう世の先を見越した、息の長いビジネスのあり方は必ず実を結ぶはずです。もちろん現代の厳しいビジネス界のことですから、氏のやり方について手放しで評価できるというわけではありません。またこれからもA氏が同じマネージメントを続けていくのかはわかりません。

 でも、私は
どこにもいない理想の上司を探しているのではなく、現実の今そこにいる、よりベターな上司をもとめているのです

そういう人にインタビューすれば、きっと職場のメンタルヘルスの謎がとけるのではないかという思いで・・・。
 
管理人は、真に合理的なマネージメントは、意識はしていなくてもメンタルヘルスの面でも自然で合理的な対策となるという仮説をたてています。

これは社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所の見解を参考にしていますが・・・

A氏の事例を通じてこれが実証されつつあるという点でとても貴重だと思っています。パフォーマンス・メンテナンス理論に止まらず、コミュニケーションが良いということは生産性の向上につながるということの実例でもありました。

何よりもスタッフの健康に配慮しているということが医師の目から見て素晴らしいといえましょう。


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