異動という産業ストレス

                   

 研究開発、設計、生産管理、品質管理の分野で
                                                           2004年1月16日更新

 



1.経営資源の選択と集中(管理人の好きなコトバ)

各企業はグローバル化した大競争のもとで、生きのこりをかけた、経営資源の選択と集中を行っています。その結果、高度成長時代には滅多に部署が変わることなどなかったのに、今では数年ごと、それどころか半年ごとに業務内容が変わります。

 

産業医学の立場からいうと、この経営資源の選択と集中のあり方は、次の3つの形に分類できます。

 

@利益の出ない、ムダな部署は閉鎖して、競争力のある事業所に統合する

特徴・・・今までの仕事はできなくなって、全く新しい仕事をするようになる

 

A人件費が高すぎるから、子会社を作って従業員に異動してもらい、あわせて人材をシャッフルし、臨機応変な事業活動をめざす(人材の流動化、人材のジャスト・イン・タイム)

特徴・・・対人関係が年毎に変わっていく

     派遣社員、契約社員、委託、下請けなどなど色んな身分の従業員が混ざっていく

 

B情報技術の進歩で、PCが仕事を手伝ってくれるから、なれない人でも業務ができるようになるから、できるだけ多くの仕事をやってもらう(多能化)

特徴・・・性質の違う仕事を同時並行する、定常業務にプロジェクトがからむ

 



2.技術者の心

 たとえば技術者といっても、研究開発、設計、生産(工程)管理、品質管理では全然違いますよね。モノつくりの現場から離れて、PCに向かって頭脳で勝負するって感じ!

 「俺、開発やっているんだ」ていえば、「かっこイイ!」なんて感じで、憧れられちゃうかも・・・現実は午前様でヒイヒイなんだけど、やりがいはありますよね。

品質管理って言えば、色々な測定装置を使ったり、化学工業では実験室みたいなイメージがある。あるいは、目だけで不具合を見つけるという場合、「この事業所で、これだけのスキルをもっているのはアタシしかいないよ!」という風に

設計っていえば、今はもう3次元CADで、模型なんか作らなくても、PCと製造装置(なんていうのだっけか?)がオフラインにせよオンラインにせよ結びついていて、設計したものがすぐできちゃう! ・・・『でも実際に強度試験や力学的な構造設計をやっているわけじゃあないから、チョッと壊れやすいかな』なんちって。でも自分がPC上で設計したものが、あっという間にできちゃうから、「ボクって、何か創造主って感じ〜」なんちゃって。

 

技術者は、それぞれの分野で大変な苦労をするけれども、仕事を成し遂げた喜び、新しいものを創造し、発見したモノが売れてユーザーが喜ぶのを知るときは、すさまじい快感を体感できるでしょう。

そして、そういう仕事をともに成し遂げた同僚は、良きライバルであり、わかってもらえる仲間であり、喧嘩やすれ違いがあったとしても、ファミリーなんですね。

 

孤独な開発で、自分ひとりしか仕事の内容はわかっていないという凄いプレッシャーはあっても、その仕事を真に理解し、認めてくれる上司がいれば、まるで師匠のように思って、彼のようになりたい、彼のように生きたいと思うかもしれません。

 

パートナーから、「おとうさんお久しぶり」などといわれようが、帰宅がシャワーと着替えだけになろうが、打ち込めるものがあるというのは、素晴らしいことです。パートナーや子ども、彼女やカレシも、「わかってくれるはず」。

 



3.役割に生きるということ

 このように職場でこそ、自分と仕事が自然にフィットして、辛いこともあるけど、通じあえる仲間や尊敬できる上司がいて、かなりのムリをしても何とか切り抜けてしまう生き方を、「役割に生きている」といいます。ビジネスパースンとしては幸せといえましょう。

 高度成長の時代は、こういう生き方が十年、二十年とできたのです。

 開発技術者としての役割を生き抜いた、生産管理のプロフェッショナルとして人生を全うした、品質管理の技でジャパン アズ ナンバーワンに貢献できた・・・

 

そういう仕事の人生を定年まで過ごすことができれば、「自分の人生は本当によかったナ」と、しみじみ感じたでしょうね。「かあさん(妻)、俺を支えてくれて、ありがとう」

が・・・・


 

4.一つしかない役割

 でも、現在の大競争時代には、安定して役割に生きることはできません。競争に勝つためにはちょっとしたムダも削減しなければならないのです。

 


事例 設計のプロ42歳Aさんの発病

 「自社内で設計したけれど、人件費がかさむし、これからは外注化の流れだよ」となってしまった。
会社の方針だから仕方ないけど。自分の持ち場、設計の現場は無くなってしまったから、外注先の設計者に、「ああして、こうして、いやそうじゃない」と色々注文付けなきゃならない。相手はわが社のラインの状況は何にも分かっていないからな。

何だか俺、いつの間にやらマネジメントの仕事になっちゃったみたい。しかも、自分は2次元のCADでガンガンやってきたから、生意気そうな若い奴が、「そこは違いますよ」 なんて反論してくると、凄まじく腹立たしくなっちゃう。俺だって、やれば3次元CADなんて・・・お前には負けないさ。でも、そんな気持ちをあらわにしたら、相手は思うように働いてくれないだろう・・・、それでは会社に迷惑をかけてしまう・・・・・・。
 別の担当者は、フンだか、ウンだかわからない奴だ。色々と強度や弾性の仕様を伝えても、分かっているのか分からないのか、反応の無い奴だ。レスポンスが遅いっていうのか、「わかりました、わかりました」とナマ返事ばかりだ。
 派遣の連中も多いから、気を使ってしまう。ボーナスも俺らの3割以下だろうし。この前、和菓子を土産に持っていったんだが、「スイマセン、ボク和菓子とは縁が遠いんです」とか、気持ちが通じない奴だな。
 もう来る日も来る日も、折衝とゆーか、交渉みたいだ。本当にわが社の思いや、コンセプトを相手に理解させるのには骨が折れる。あいつら、製造現場を知らないくせに、分かったような口をきく。本当にもどかしい。自分で設計したほうが、どんなに上手くいくか・・・だけど、そうも言ってられないよな。相手がある仕事だから。CAD相手じゃないんだ。
CADは、CADは良かった・・・

 

 俺の仕事って、いったい何なのだろう?

 図面書いて、現場の人に模型や試作品作ってもらって、「あーでもない、こーでもない」と議論しあった、あの充実した時は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。上司の課長も第一製造課に行ってしまったし。課長には本当に世話になったよな。それと試作品作ってくれた山田さんは厳しかったよな、職人肌で、「そんな図面じゃ作れっこない!」なんてきつく言われたけど、ホントに魔術師みたいに作ってくれたっけ。彼はどこへ異動したのだろう? 

ああ、あの頃の仲間はみんな離れ離れだ。

 

 あの仕事に戻りたいけど、もう、設計課はわが社には無いんだ。今は設計管理課なんて名前になったけど、全然違うぜ! 昇格して課長補佐なんて肩書きはいいけど、これは本当の俺じゃない。


 なんか寂しい、っていうか空っぽみたいだ。出勤して外注先の会社に出向くのは空しくなる。ああ、俺の居場所はもう無いんだ。何もかも空しい。

だからといって、楽じゃないよな、外注先の担当とは遅くまで議論というか、やな雰囲気になって、ほとほと疲れてしまう。はっきり言いたいのだけれど、怒らせたらまずいし。波風は立てられない。会社に迷惑をかけるから。

 今の課長が、分かってくれればいいのに、でも人はあてにはできない。自分でがんばるほかないのだ。
けれど、俺は、どうすればいいんだ、どうやったらあの若造と付き合っていけるか分からない。それを考えると夜も眠れなくなる。


だから「パパ、お酒、増えすぎだよっ!」と高一の娘の真美に言われるざまさ。本当にパパは情けないと思う。ママ(妻)は「真美ちゃん、パパはね、お仕事とお酒しか楽しみがないのよ〜」という。その通りかもしれない。俺には設計の仕事しかないんだ。人を相手に話を進めるするなんてムリだよ。俺から設計の仕事を取ったら、あとは、あとは・・・・・・・何が残るんだろう?・・・いったい何があるのだろう?・・・妻の言ったように、酒? そんなのは逃げだ。酒は仕事じゃない。でも今は、それにひたる他、無いんだ・・・イヤだな、そんな俺は

あの古いPC・・・懐かしいな、メモリも640KBだった・・・に向かっていた俺って?

でも、結局、俺はこんな風に酒に逃げ場を求める人間だったんだ。そんなダメ人間だったんだ、本当は、だから、だから結局、設計の仕事で生き抜けなかったんだ。本当にできる人間なら、勇気があれば他の会社に、ライバル会社の門さえ叩くだろう。でも俺はそういう人間ではなかったんだ。

 所詮ハンパな男なんだ、俺は・・・そもそも、俺は設計には向いていなかったのでは?

 ああ、もうダメだ! 俺の人生は、もう何もかもダメだ!!!!

 

5.発病のなぞを解く

とゆーよーに駆け足で、Aさんのうつ病の発病経過を一人称で描いてみました。

 

@役割が一つしかないということのメリット

役割というものがたった一つしかないことは、その仕事にのめり込んで、人並み以上の成果を出す可能性を秘めています。事実、設計現場の係長だったAさんも設計管理という、外注先の担当者とリンクして、マネジメントする課長補佐に「出世」したのです。それは、上司が、かつてのAさんの業績を認めたから。だから部署が廃止されても、彼の功績と設計技術のスキルを評価して、新設部署の管理職に昇格させたのです。

 

A役割が一つしかないことのデメリット

 半面、果たすべき役割が一つしかない場合、柔軟性に欠けるため、そこから異動した場合、

A それまでの役割を失ってしまうのと同時に

B 新しい仕事に慣れることは大きな負担になります

 生きがいを失うなどというなまやさしいものではなく、アイデンティティーを失ってしまうのです。

 

これを株式投資(管理人はほんのチョッとやっていた)にたとえると、一つのバスケットに一つのフルーツしか盛らないのは、投資上の大きなリスクを持ってしまうのです。優良株で確実だと思っていても、それだけに投資していたら、「もしも」っていう時には紙ペラ一枚になってしまうのです。だから3種類くらいの業種に分散しなよって言われる・・・そんなカネないけど(笑)。累積投資ならいいかもしれない・・・としょぼい話ですね。

 

B人は多くの役割を担えない

 でも神ならぬ人間の身、そうそう役割は発揮できません。設計も、マネジメントも、工程管理もなんてありえません。
その道、一つ極めるのにも、すくなくても10年から15年はかかるでしょう。

そんなことが可能なら、いくらでも転職できるさ・・・というわけ

 

C現実はフレキシビリティーを求める

 でも、経営資源の選択と集中というビッグ ウェーブは、そういう事を時として求めてくるのです。
会社の事情に疎い人なら、品質管理も工程管理も似たコトバにきこえるでしょうが、全然違う。

 Aさんのように40歳どころか、30歳の若さでも違う分野の業務を覚えるのは大きな負担なのです。

「新人に戻ったつもりで1からがんばります」などといっても、「早く人並みになってくれよ!」という仕事の質と量の面でプレッシャーがある。

場合によっては、全く新規の部署を立ち上げることもある。手探りの出発だから一歩一歩踏み固めていきたいけれど、上からは一刻も早い成果を期待されるのです。高度成長の時代と違って、「ゆっくり、じっくりでは負けるのだ!・・・ともかく、成果を出してみろ!!」となっちゃう。

 

6.異動の矛盾

堅固な専門性とフレキシビリティー、専門家と何でも屋、ピッタリ息の合った仲間や上司と、よくわからない人間集団・・・そんな、こんな矛盾が異動のストレスなのです。

 

7.対策

一言ではいえません。みんなで考えましょう。管理人もがんばって研究します。成果を出したら皆さんにプレゼンします。いやプレゼントしましょう。


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