メンタルヘルス対策を、どうデザインするか?

                                      2003年9月28日更新
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1.はじめに

事業所の担当者が、メンタルヘルス対策をデザインしようとする時、求められるのは少なくとも次の3点です。

 

@投資効果はどうなのか?

A人、モノ、カネ、時の分配割合はどうするのか?

Bデザインの基本をどこから持ってくるか?

 

ところが不思議なことに、投資効果が一番大事なのに、デザインの基本にばかり目を向けてしまいます。

たとえば人事部の担当者は

「有名な旧労働省の4つのケアを、わが社に具体化するにはどうするのか?」

「わが社にもメンタルヘルスに強い嘱託産業医や産業保健師が必要なのか?」

「セルフケアってよくわからんが、セミナーのことか?」

「質問紙によって従業員のメンタルヘルスの調査をする場合、どこに頼めばコストパフォーマンスがいいのか?」

 などなど、デザインの細かなところでつまづいて、結局カネがかかるなあ? と悩むのが普通でしょう。

 

 ところが、その後になって投資効果について考え込んでしまう。

 

パートの産業保健師を確保して、外部EAPと契約して従業員の職場復帰をサポートしよう、などと考えるのだけれど、

3ヶ月の休職のあと1ヶ月の段階的復帰をしたのに復職後2ヶ月で再発休業

               ↓

3ヶ月の休業のあと3ヶ月の段階的復帰、再発なしだけど1年後も定時帰宅

のどちらがカネの節約になるだろう? などと考え始めると「余り投資効果がなさそうだ!」と感じるかもしれません。

 

 管理人は思うのですが、一次予防から遠ざかるほど、費用対効果が悪くなってくるようです。

もちろん再発予防と職場復帰を成功させることは、とても大切なことですが・・・事業所はリハビリセンターではないのです。

確かにメンタルヘルス対策は事業活動にとって、緊急かつ重要なテーマですが、会社は医療機関ではありません。

 

2.余りにも病気志向

旧労働省の4つのケア*は、発表された当時、長らく産業精神保健に携わっていた人間の目から見ればゴールド スタンダードのように思えたはずです。けれどもケアという言葉にみられるとおり、「事業所ではたらく人の病気」に目が向いています。

ケアの資源(リソース)を4つに分類して直線の上に載せたことはスマートではあります。けれども、これを忠実に実行すると非常に大きな投資になってしまいます。

 産業医学を、産業と医学に切り離して、医学の目だけから対策を考えるとこういう傾向におちいりがちになります。

 

*管理人は4つのケアという考え、そのものは高く評価しています。

 
3.健康志向になってみると

従業員が健康であることと高い生産性を両立させるには、何が必要なのか、という健康志向で考えると、新しいデザインが思いつくのです。ただ、投資効果を考える場合、やはり事業所に心の病気が広がっていると、企業収益にどんな悪影響がくるかを把握しておく必要があります。

 

管理人は、職場のメンタルヘルスの悪化をめぐって、産業医学における3つのAという考えから、氷山の三角論というものをつくりました。これから、事業所におけるメンタルヘルスの悪化が、どれだけ企業収益に悪影響を及ぼすのかイメージしてみましょう。 

 

@欠勤と休業

 職場の心の病の8割を占めるうつ病の休業パターンは月単位で、1カ月、3カ月、6カ月、再発の治療に要する期間を含めると膨大な日数になります。ちなみに、うつ病は大体3〜6か月程で治りますが、ともかく長期に休業され、ビジネスパーソンの長期休業の延べ日数のトップはうつ病です。ともかく休まないことには治らないという病気です。

 

欠勤というのはメンタル不全の一種で、absenteeismという名のドタキャン。体の調子が悪くてついつい休んでしまうという現象です。つまりメンタルヘルスが悪化した職場では、うつ病を中心とした心の病の長期休業がふえて、労働日数の損失が起こります。

 アメリカでは何と年間2億日の損失が起こるのですね。人的資源がアメリカでは2億日なら、日本でもおおよそ1億日前後と考えられましょう。かなりの経済的損失です。その間、有給消化の場合は給料を出さなければならないし、傷病手当を出す場合は共済組合からカネがどっこどっこと出て行きます。カネ、カネ、カネです。

 

A事故・ミス

 それから、メンタルヘルスが悪化した職場では、事故やミスがふえています。通勤災害、あるいは労働災害という事故ですね。必ずしもメンタルが悪化した人が事故を起こすわけではありません。ただ、うつ病の最大のポイントは能率の低下とミスがふえることですから、ミスがふえるということは品質のつくり込みというジャスト・イン・タイムの世界では大変困るわけです。ラインでは製品の不良率が高まってしまうでしょう。

 

Bモラールの低下

 メンタルヘルスの悪化した職場においては、セクハラや不倫、アルコール依存症、ギャンブル依存などが発生してモラールの低下がおこる。ですから、これからの管理職は大変です。自分のところでは、メンタルヘルスは関係ないと思っていても、不倫が目立っているような職場では、メンタルのことを考えてやらなければなりません。

 

 

4.投資効果を考える場合

さらにメンタルヘルス悪化から失われる収益をイメージしてみましょう。

とりわけ問題なのはA作業能率の低下です。

以下にあげた事柄が、プラスに転化した収益増を目指すようなデザインを考えるべきです。

 

直接的影響

@長期休業による損失(自殺も含む)

直接的影響というのは、長期休業による損失、労働のビジネスの損失、売り上げの損失というわけです。3カ月休まれた、そしてちょっと1、2カ月復帰したかなと思ったら、また診断書が出て、今度も3カ月というふうに延々と休業されることもあります。

 ある自殺者が出た事業所の例です。中間管理職が自殺されまして、そのあおりを食らって2名の部下(社員)がうつ病になって1年間丸々休み、年商の5%以上の損失が生じたという事例もあります。 

 

A作業能率の低下

 うつ病になっている方やなりかかっている方、あるいは前段階、あるいはうつ病の診断基準を満たさないような程度の軽い「閾値下(いきちか)うつ病」になった方でも作業能率の低下が問題になっています。

 うつ病というのは根気や意欲が失われる病気で、集中力、注意力が落ちて、頑張っているつもりなのだけれど集中力が落ちて、考えがぐるぐる回ってしまい、決断や判断が遅くなります。だから、ミスもふえれば、ラインのようにジャスト・イン・タイムで動いているときには、「何をやっているんだおまえ!」ということになるのですが、間接部門にあっては裁量的のある仕事ですから、作業能率の低下はすぐにはわかりません。

 この損失額は簡単に計算できるようなものではありませんが極めて大きなものです。これが判明すれば「メンタルは大問題だ!」と経営者も気づかれるはずです。

 

B医療費・傷病手当

 それから医療費、傷病手当は莫大なものだということ。ILOの推定ではアメリカの場合、直接的な医療費、傷病手当を含めると、5兆円から6兆円だそうです。国の人数が違っていても、日本の場合もそれに近いのではないでしょうか。

 

Cリスク管理のための費用

 それから、「リスク管理(自殺)」ということ。損害賠償の請求の訴訟が起こった場合。人の命はお金ではあがなえませんが、億単位でお金がかかります。ちなみに軽症のうつ病であっても自殺のリスクが高いことがポイントで、患者の5〜7%が自殺を企てます。なり初めと、治りがけの時期に多いのです。うつ病が重いピークの時期は、自殺を計画するエネルギーも枯渇している状態なのです。

 

間接的影響

 

@ミス、事故、労災にかかわる出費

 「間接的影響」というのは、メンタルヘルスの悪化した職場ではミスや事故がふえて、そのリコールなどにかかわるわけです。

 

Aモラールの低下

 前述したように、メンタルヘルスの悪化した職場(人ではない)では、セクハラや不倫やアルコール依存などのモラールの低下が生じて、これも間接的に収益の悪化をもたらします。ある事業所では、女性上司と男性役員の不倫があり、部下のモラールが著しく低下している例がありました。

最近では、ラインのほとんどを非正社員に置きかえたにもかかわらず、ミスが続出するような事態にたいして、ミス1件ごとに罰金数千円を取るという「厳しい」マネジメントを行いつつ、PCでゲームをやりながら暇をつぶしている管理職の事例がありました。もちろんメンタルヘルスの悪化は次から次へと。

 

注記)

ILOの報告によると、アメリカではビジネスマンの休業は年間のべ2億日もあり、医療費は300〜440億ドルにも達しており、イギリスでは10人中約3人がなんらかの精神的な不調を感じ、休業日数はのべ600万日と推定されているほどです。WHOは世界総人口の3〜5%がうつ病だと推測し、ILOによれば今後うつ病を患う人は、3億4千万人にものぼると予測しています。

 

5.具体的なデザインは?

やはりオーダーメイドでしょう。

<ビジネスマン個人のメンタルヘルス悪化>ではなく、<法人の生産性と健康度を高める>ことがポイントで、斬新な発想が求められます。

個人がさまざまなキャラクターを持つのと同じように、事業活動を行う法人もさまざまな個性を持ち、複雑な環境下にあるのですからオーダーメイドになりましょう。

 管理人は現在、この分野の研究をしています。

 

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