メンタルヘルス悪化の経済的背景

 
                                                          2003年9月14日更新

1.QCD

 現在の職場のストレスのおおもとを考えると、引き金は経済のグローバル化のもとでの大競争。ここで会社が生き残るには何が必要かといえば、いわばQCDです。

 

: QUALITY(品質)   C: COST(低価格)  D: DELIVERY(短納期)

 

他社より安くてよい製品を市場に供給するのは当たり前で、@どこよりも速く、A臨機応変(必要な時に、必要な量だけ=ジャスト・イン・タイム)という二つの条件が欠かせません。企業によっては上のQCDに製品の「付加価値」を付け加えています。


 

2.変化への適応力

臨機応変を言い換えれば、たえざる変化についていける能力をもった経営者と従業員でなければならないのです。各産業分野で弱肉強食の競争に勝ち残るのは世界でも一ケタしかないということになれば、経営資源(工場、機械などの設備とビジネスマンの労働力)を集中しなければならないのですが、既存のものを重み付けつまり取捨選択しなければならない。旧財閥系の6大グループが、横並びでそれぞれ金融、鉄鋼、化学、繊維、電機などのグループをフルセットで束ねていたのは、過去の話。競争に勝つためにかつての伝統的な血や同窓の結びつきよりも、資本にとって最大のメリットをもたらす結合が最優先される。欧米風にいえば利益と経営の最適化のためには、昨日の敵は今日の友。大和風にいえば、「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。淀みに浮かぶ、うたかた(泡)はかつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし(方丈記)」なのです経済競争を川の流れにたとえれば、泡は企業で、倒産したり(消え)、起業・合併・提携(結び)が激しいというわけです。

 大競争という行方の定まらない急流を進むということは、ビジネスマンは臨機応変に、たえざる変化にジャスト・イン・タイムでついていかねばならないのです。かつての経済という川の流れは確かに激しかったけれど、がむしゃらに頑張って漕いでいけば展望は開けた。でも今は違って、必死でこいでいれば済むというものではなく、ようやく舵の取りかたを覚えたかと思えばこぎ手にチェンジしなければならない(異動)、流れに翻弄されたり(出向、転籍)またあるときは舟から降りなければならない(リストラ)。

 

3.人的経営資源のジャスト・イン・タイム

 つまり材料や部品のジャスト・イン・タイムだけでなく、人的経営資源のジャスト・イン・タイム化が進行している、ということがポイントです。必要な時、必要な場所に、必要最小限の労働力を供給するということです。かつて人件費は固定費としてみなされていましたが今は違います。昔は働く人の身分は常勤(正社員)と非常勤の二種類だけだったのに。いまや正社員、パート、アルバイト、派遣、契約社員、期間(季節)雇用。さらに出向、転籍、長距離通勤、単身赴任。企業は人的経営資源を細かく区分けして、縦横無尽に動員できなければ大競争時代を勝ち抜けないというわけ。

こういう経済情勢が几帳面でコツコツと手抜きせずに仕事をするという、うつ病になりやすい仕事に対するものの考え方(メランコリー親和型)の持ち主に、尽きることのない職場の変化をもたらすのです。これが日本のみならず、世界的にビジネスマンのうつ病が増えている理由です。

 

4.メランコリー親和型と遺伝、環境

最近の医学研究では、メランコリー親和型のような性格傾向まで遺伝子のレベルで研究されています。種々の性格はおいたちの段階で環境との相互作用により、種々の程度で発現すると考えられています。防衛医大精神科教授の野村総一郎によれば、「几帳面性の遺伝子」も想定し、「この遺伝子がもっとも強さを発揮するのは安定期の世界」との仮説をたてています。また「物事の重み付けが苦手」、「環境の変化に対して弱い」という性格傾向も注目されています。

 

うつ病は成人以降に発病することがほとんどで、5から7%の人が自殺を企てますが、もちろん少なくない人は未遂に終わります。これらの人々の年齢層では配偶者がいて既に子孫を残している場合も多いので、うつ病の発症に関係する遺伝子は余り淘汰されないと考えられます。こういう性格や仕事に対するものの考え方は決して不利なものではなくて、逆に企業社会ではもてはやされます。ある全国規模の半ば公的な企業体の人に話を聴いたとき、メンタルヘルスが悪化しやすそうな性格傾向の人は、入社試験で排除したいという考えが出ました。これは違法でもあるし、愚かな考えです。メランコリー親和型の人が職場から消えたら企業は消滅するでしょう。

つまり性格だとかものの考え方は、職場や家庭などの環境(状況)によって有利にも不利にも作用するのです。 

 以下はあくまでも管理人の仮説ですが、高度経済成長の時代に何故うつ病が少なかったかといえば、メランコリー親和性のビジネスマンは、発病には至らず、それなりに成功していたと考えられるのです。産業医学の視点から高度経済成長時代の職場を解釈すると、それはそれで厳しい時代だったのですが、メランコリー親和性をもつビジネスマンが適応できる安定した時代だったと考えられます。それに対して現代では、事業活動の急激な変化は当たり前で、このような人たちには不利に作用する可能性があるのです。

 

5.1995年からが転回点

 前述したようにジャスト・イン・タイムやセル生産方式のように、時間的なフレキシビリティーを求められる職場で働くには、判断と対応に臨機応変が求められます。これはメランコリー親和型で几帳面な人には苦手なことです。さらに年功序列・終身雇用制度は、戦後長い時間をかけて、いわば自然成長的に成立したものといえます。これに対して成果主義は1995年に旧日経連の、「新時代の『日本的経営』」以降、政策的な意向の下に短期間に導入されたものです。その内容はともかく、メランコリー親和型のビジネスマンにとっては変化が急激であったことは事実でしょう。ビジネスマンのメンタルヘルスが悪化した時点を、自殺率の急増が観察された98年とすれば、この間の三年という期間は、メランコリー親和型のビジネスマンに相当の心理的影響を及ぼすのに十分だったと思われます

 うつ病は他の大多数の病気と同様に、多数の個人の要因と環境要因とが複雑にからみあって生じる病気でまだまだ解明すべき謎が隠されています。さらに多くの調査研究が求められますが、医学や心理学だけでは手に負えず、人文科学も含めた学際的な研究が不可欠となりましょう。

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