ナーシング・パワーの消耗と医療の危機



(0)はじめに  無軌道な政治・経済が何を引きおこしているのでしょう?
産業界 勤労者のメンタルヘルスの悪化 事故、欠陥商品の続出というモノづくりの危機
医療界 看護職員のバーンアウト、ナーシング・パワーの消耗 医療事故、トラブルの続出
*自殺者数は3年連続30000人を超え、勤労者の10%がパニック障害やうつ病などメンタルヘルスの悪化に苦しんでいます。
*雪印の大量食中毒事件、三菱自動車のリコール問題、山陽新幹線のトンネル壁剥落事故



(1)事例を見つめて
・ 将来を期待されたAさんのバーンアウト
・ IT産業のエリート技術者の死


(2)メンタルヘルスと医療事故の類似性
@組織(職場)の問題なのに、個人責任を問われる
A人事評価にからめるのは禁忌なのに、評価される
B経営(生産性、安全性)に打撃を与えるのに、経営・管理者は無自覚
C本質はナーシング・パワーの消耗、質の低下(図1 参照)


図1 ナーシングパワーの消耗



(3)ルールのない経済社会がもたらすもの

@メンタルヘルスの悪化
A医療事故、事故、欠陥商品
Bし癖*、依存
C性のトラブル
D家庭の保護機能の低下
 *産業界では、女性のメンタルヘルスの変化として、喫煙・飲酒のし癖が増加。モノづくりの現場では、女性のパートが主力となって、11〜12時間勤務というパートの残業(コトバの矛盾!)が増えています。彼女らは男性性社員の3〜5分の1の給料で、深夜労働も増えつつあります。



(4)ナーシング・パワー(看護能力)の消耗って何?
出発点;医療制度改悪、医療費削減の思想から生じた時代に即応しない看護婦定数が
@質の低下;あまりの過密労働で、バーンアウト*が生じる結果
A量の低下;早期退職、配置転換となって技術と経験が受け継がれない
B質の低下;医療法をまもるため補充がなされるが、経験不足の若手 以上が悪魔のサイクル(図2 参照)をもたらします。
*情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感の後退


図2 ナーシングパワー低下の悪魔のサイクル


解説) ナーシングパワーつまり看護する力は、単に教育や研修、経験だけによって成り立っているのではありません。平常心のような心理的、あるいは筋力のような身体的な力が土台になっているのです。今日も、明日も、そして7年後もナーシングパワーは維持されていなければ働けません。維持することを再生産といい、ノートパソコンや携帯電話などの機械なら充電するだけで良いのですが、人間の場合「食う、寝る、遊ぶ」という休養によって疲労もとりのぞく必要があります。ひどい過密勤務と、少ない休養によりナーシングパワーが消耗すると下の図のようになります。新しい知識や技術は十分な休養をして余裕ある状態でないと身につきません。看護婦集団全体のナーシングパワーが消耗していれば、何が起こるかお解かりでしょう。


(5)経営、管理者の新しい対応
 医療労働は教育や福祉労働と同じで、直接に利潤を生みだす労働ではありません。けれども、政府の医療制度改悪に対して医療機関が適応しようとしてとる対策として、利潤を生むことを至上目的とした産業界の雇用・賃金政策の応用(悪用?)があります。

(T)合理化(効率化)による過密労働への追い込み
増員はしないで個人責任をやたらに強調して、
@効率性、生産性をたかめる手法の導入
A研修、研究、委員会活動
B人事考課システム;目標の申告と評価
 これらのシステムそのものはモチロン「悪」ではなく、技術の進歩ともいえますが、人手不足を前提とした導入は職員に自己犠牲的な過密労働を強いることになります。専門職として知識や技術を高め、良いナースになりたいという願いをテコにして、ナース自ら過密労働に追い立てられるしくみに注意しましょう。労働運動はこれを研究し規制する必要があります。
 とりわけ成果主義は職員間の激しい競争を生み出して、職場のメンタルヘルスを悪化させます(民間企業、自治体の経験から)。  例えば業務のマニュアル化が適切になされれば、過去の知識と経験が身につくことになります。これ自体は進歩なのですが、マニュアルにそって業務手順を身につけていくことには、個人的な努力が求められます。そして職員にとっては「外来だ、療養型病棟だ、訪問看護ステーションだ・・・」などと使いまわされる恐れがあります。ナースの世界では配置転換は日常茶飯事ですが、実はこれは心に負担をもたらすのです。
 でも、現状ではかれらの「善意」が裏目に出て、さらにナーシング・パワーの消耗をおこしているように見受けられます。

(U)産業界の雇用政策や人事労務管理、賃金制度を医療界に応用
@雇用の流動化 正職員からパート、アルバイト、派遣などの不安定雇用化
Aアウトソーシング
B機械化 患者監視装置 
Cサービス残業、長時間労働それ自体が人手不足を生む
D看護労働の分割と下請け化  
 ナースの仕事には、「診療報酬のためのコストとり」、「ドクターからの指示受け」のような事務作業がたくさんあります。「ナースでなくてもできる事務仕事は、派遣労働者にでもやってもらう」などの動きが出るでしょう。医療技術職以外の人が指示受けをすることには、私は賛成できません・・・なぜかな?



(6)ナースをとりまくストレスのタマネギ  
 ナースの心と身体を傷つけるのは、以上に述べた経営管理者の新しい対応ばかりでなく、いじめやセクハラそして人手不足でおこなう業務そのものがあり、タマネギのような形をしています(図3 参照)。労働運動はこれらのタマネギを一枚一枚はがし取っていく必要があります。最後に残るのは、ナースとしての業務そのものの厳しさですが、ストレスの皮がはがれれば職業人としての生きがい、自己実現につながるのです。ストレスの皮をそのままにした、「生きがい」「自己実現」はありえません。



図3 ナースのストレスたまねぎ



解説) *本来的な負担(ストレス)
ストレスそのものが悪ではなく、それを乗りこえることによって達成感が生まれ人は成長します。命をあずかるナースの仕事はそれ自体ストレスですが、きちんとした労働環境、労働条件があれば自己実現にもつながるのです。ナースを大事にしないで、いたずらに個人責任や目標の達成をあおりたてる事は、善意が出発点であってもナースの心と身体に負担をもたらすのです。



(7)技術や経験が受け継がれないこと
@スタッフの促成栽培が進められ心への負担が加速する
A管理職でもないスタッフがスタッフの教育・指導を行う新しい心的負担 プリセプターって何?!
B未熟練者が多い中で、安全性や効率性を高めるための手法*がストレスをもたらす
 *クリティカル・パスやマニュアル化、それ自体は技術の進歩ですが、絶対的人手不足ではあるべき技術と現実の能力とのギャップを生み大きなストレスとなるのです。



(8)ナーシング・パワーの消耗は病院経営になにを引きおこすか?
@事故、トラブル(期待の裏切り)が社会的信用を落とす
A事故、トラブル処理の出費増と患者減が経営に大打撃を与え、経営が危機に
B職員全体の士気の低下をきたし、経営・管理者は求心力、指導力を失う



(9)増員という投資の経済効果を考えてみましょう
@以上の悪魔のサイクルから離れられる
Aお金では買えない技術と経験が蓄積される
Bこの技術と経験が病院の安全性と信頼性を高める
C当然、経営は安定する
*彼らの好きな言葉でいえば、医療機関の競争の中で勝利することができるのです!
*しかし抜本的には医療改悪の流れを断ち切る必要があります。



(10)リスクマネージメントとともに安全衛生活動を強める
@労働安全衛生法を学ぶ
A労働安全衛生法にもとづき、安全衛生委員会を立ち上げる
Bここは労働組合が自治能力をきたえ発揮する場



最後に 職場に安全衛生の思想を  
 経営者や管理者がなぜ増員をしないか、といえば経営的な背景があるにしても、「人間の能力には限りがない」という視点にたっているから。若いナースの献身性、誠意、向上心に訴えればかなりの事がまかり通ってしまうのは確かです。若い人ほど過密労働に適応する柔軟性を持っているから。 でも人間らしい職場環境と労働条件(ちゃんとした休養、くう・ねる・あそぶ)がされない限りナーシングパワーは縮み、歪んでしまいます。その現れがバーンアウトや早期退職で、不幸な場合医療事故につながるのです。
 また経営側にとって早期退職は見かけ上、人件費の抑制に見えますが、もっとも大切な「看護集団の技術と経験、人間性」*すなわち安全性と信頼性が日々失われていくことなのです。モノやサービスつくりの産業のように、ただ人件費を削減すれば経営が成り立つというのは愚かな発想です。使い捨て、使いまわしの行き着く先は、事故と信頼の喪失で結局は病院をつぶすことになる。て、ゆーか、政府は病院をつぶしたいんだと思う。余りにひどい医療破壊は、社会不安をまねいて、ただでは済まされないと思いますヨ!  小泉サン!
*テレビドラマ「やまとなでしこ」でいえば“お金では買えない大切なもの”


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