メンタルヘルス悪化の経済的背景 


「職場のメンタルヘルスがとことんわかる本」では、ページの関係上グローバル経済というマクロのストレス(厳密にはストレッサー)についてはくわしく触れられませんでした。

 筆者は、グローバル経済の心への負担について向こう見ずにも解きほぐしてみました。
筆者は内科医なので、専門家の目からみたらおかしい点もあるかもしれません。でも「職場のメンタルヘルスがとことんわかる本」でつらぬいた町医者の視線は変りありません。

 これから10〜20年以上にわたって、経済のグローバル化が進み、メンタルヘルス問題はますます世界的規模で悪化していくでしょう。
「何だかわからないけど、勉強してみようか?」という読者におすすめします。



目 次

(1)グローバル化とは


(2)ジャスト・イン・タイム

(3)IT化


(4)ITストレスの背景、その未完成な技術体系




(1)グローバル化

 モノづくりのパワーが巨大化した1980年代、先進工業国の有力企業は収益の拡大を発展途上国の安い人件費に求め、生産の拠点をアジアをはじめとした世界各国に広げたことは周知の事実。本国の会社は研究、開発だけを担いました。一部の高付加価値で利益の大きな製品を除き、モノづくりの現場は主としてアジアのような発展途上国となりました。人件費が本国の10〜20分の一が最大の魅力です。

 こういうことが可能となった背景には、ムダを極限まで削り取った合理的なモノづくりの方法、ジャストインタイムやセル生産方式のようなリーン生産方式が登場したためです。十分な資本さえあれば、教育水準や健康など労働力の質が一定以上ならどんな国でも、さまざまな工業製品が高品質でつくることが可能になったのです。
 例えばパソコンのチップはマレーシアやシンガポールで作られ、基盤や本体の組み立ては台湾で、ソフトはインドで、というように。
 
 その結果資本は世界各地で調達されるようになりました。例えば日本の年金の数%は、海外の債権や株式に投資され(時によっては千億単位で目減りするけれど)ています。これは世界各国同じこと。
 お金に肌や瞳の色の違いはないから(古代ローマ時代ある皇帝は金には臭いがないといった)、企業は文字通り混血=多国籍化したのです。少なからぬアメリカ人はSONYを米国企業と思っているし、ポテチから化粧品まで作るP&Gを日本企業と思う子どもは多いはず。とはいえ本社や持ち株会社は本国にあるため、本国の社員の転勤は世界各地となり、電話やファックスのやり取りも世界各地となったのです。
 
地球は丸いから日本が深夜といっても、リオデジャネイロの工場は真昼間。子会社や支店とのやり取りは24時間体制になります。
 それに対して人類の形と仕組みはこの数十万年ほとんど変わっていない。一日に自分で歩けるエリアは多くて十数キロの範囲、しかも夜行動物ではない。こういう種の制約をグローバル化が取り去ってしまい、真夜中にサポートやメンテナンスのような根をつめる仕事をするとか、一日1000歩も歩かないのに・・・人類の体の仕組みではそれだけで病気になる・・・世界各地とメールをやり取りするビジネスマンがいる一方、一日20キロを汗みどろになって動き回る工場ラインもでてくるのです。
まとめ 人類のカラダの仕組みや働きとはなじめない、経済のグローバル化が進んだ。
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(2)ジャスト・イン・タイム

 トヨタ生産方式(以下 JIT=ジットと略す)ともよばれるモノづくりとサービス提供の日本発の世界標準。

 生産におけるムダ、ムリ、ムラを極限まで減らした非常に生産性の高い(従来の3倍)働かせ方で、必要な時、場所に、必要な量だけ在庫を作らず供給することを目的としたものつくりの仕組み(=ジャストインタイム)。

モノづくりでいえば、
@労働者の動きをもっとも単純な数秒程度の動作に分け(部分動作?)ると、付加価値を作る動作(ネジを締める、表面を削る)と付加価値をつけないムダな動作(物を探す、持ち替える、休む、汗を拭く)の二つになります。
例えば自動車工場でいえばハンドルの製造のような標準的な作業を、極限までムダのない動作つまり

@付加価値を作る動作だけで組み立る、しかも「品質作りこみ」といって
A作りながら品質を点検していき、部品の動きは世間の想像のようなベルトコンベアではなく
C人間自らが運ぶ(ニンベンつきの自働化)ことによってなされ
D在庫ゼロで(製造途中の半完成品はゼロ近くにする)
などによって行う製造方式。かなり厳しいため従業員のプライド、責任感、競争心がパワーの源になってきます。

 メリット;一つ一つの部分動作はきわめて合理的に分析されているため、短時間の研修で覚えることができ、わずかな筋肉の力でも可能。となれば老若男女、未経験者であれラインで来週から働けるのです。部分動作の種類はたくさんあるため、単調な仕事ではなくなるし、いろいろな仕事が覚えられる多能工になれる。

 デメリット;たいていの製品は今までの三分の一の時間でできるので、人減らしが極限まで進み(少人化)、しかも汗を拭くとかのプライベートな余裕時間までゼロになって、ラインを8時間、12キロも歩き回ることになる。そして業務は製造、品質管理のように同時並行するので集中力の維持が大変! 多能工といっても単純な部分動作しかしなくていいので、いつでも、どこでもパートやアルバイトなどの従業員に置き換え可能。JITは主に自動車産業や電機で用いらます。

*セル生産方式
 JITの手作り版。電子、情報機器は小さくて、モデルチェンジが激しくて多品種を少量づつ作る必要があるため、部品から完成品までの組み立てをすべて手作りで行います。生産性はベルトコンベアの70から100%増。
 典型例はソニーのプレイステーション。
おもにU字型をしたセルという小さなラインに一から三人が配置されます。面白いのは従業員のリーダーをオーナーとか社長などの名称で呼び、その日いくつ作るかのような重要なことまでかなりの裁量を与えること。最近は部品の仕入先や、利益率の目標まで任せられるミニ経営者的リーダー制度が登場しています。こうなったら労働者だか経営者だかわからなくなるほど・・・だからといって完成品が彼のものになることは絶対にナイけど。 このセル生産方式のデメリットは大量生産に向かないこと。品質管理から利益率まで、以前とははるかに大きく複雑な責任を従業員が負わなければならないこと。
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(3)IT化

 短納期化でライバル企業を圧倒するF社の営業マンの仕事を見ましょう。

朝出勤して、パソコンを立ち上げて
@メールを開く
               メール内容を判断し転送する
               回答(返信)または調査する
APCに日報をいれ、他人の営業日報を見てコメントする。
BPCにJOB登録を入れる
CPCで納期確認を見る
D注文書が入っている    ⇒ PCで販売計画を作り、PCで手配する
E見積り依頼があれば    ⇒ PCで見積書を作る
              ⇒ 本社サーバーよりダウンロードしてプリントアウト
F技術的に不明な点があれば ⇒ PCで技術情報を探る、他のセッションに電話確認する

この会社では営業活動に関わる情報のやり取りを、ほとんどパソコンとネットワークを用いて処理しています。何がストレスかを彼にたずねてみると、「苛立ち」であって 

< 印刷 > 
 共有(ネットワーク)プリンターなので、100ページもある見積書を打ち出すのに時間がかかり、苛立つと同時に、割り込みによる他人の文書が入っていることも多く一枚一枚確認しなければならない。一人一台のプリンターがあればよいが、そのようなオフィースのスペースではない。

< パソコンのフリーズ >
OSが進歩して重たいビジネスソフトになり、もとの作業に復帰するまで、なんだかんだで5分はかかるよね!
また一日8時間のうち3〜4時間はPCにしがみついている。PCを使いこなせないと仕事にならないのは当然で、肩がこり眼が疲れる。
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(4)ITストレスの背景 その未完成な技術体系

@情報とモノの流れのギャップ
 安くて良いものをできるだけ速く納入する、というのはIT時代だけでなく市場経済社会の永遠の競争テーマ。

 しかし情報の流れる速度とモノの流通速度には大きな差があるので、モノの生産、輸送、メンテナンスの段取りを、情報処理や伝達のスピードにあわせなければならないのです。生産現場や流通はITの登場以前に比べたら、はるかにジャストインタイムを求められます。後に述べるようにあらゆる部門で短納期化が求められます。

 情報の流れはネットワーク(実体は電話線、ケーブル)を流れていくのですが、電話のように実時間で進むのではない。つまり様々な情報の流れの速さは数十秒から分の単位で、しかも均一ではなくズレがある。ましてトラックや航空機、船舶で運ぶモノの流れの速度は日の単位で、現実空間では渋滞、事故などによる決定的な遅れも生じる。

 つまり情報の流れと物流とを同期(カップリング)させる必要が生じる。情報は秒、分でやりとりできるけど、モノはそうはいかない。今どこを動いているのか、会社は知る必要があるのです。運送業の従業員には、より速く・事故やミス無くという緊張感やプレッシャーが従来になく高まっていきます。
 またジャストインタイムの普及で、工場や小売店の在庫が減った替わりに、トラックが動く倉庫として日本全国の公道を占拠する結果になりました。


AITのシステムは不安定
 ネットワークにせよパソコンにせよ、まだまだ発展途上の未完成なシステムです。パソコンや端末は、見た目は機能的だけれど、誰でもが使える家庭電化製品、電話やファックスとは全く違います。動作は不安定で予測のつかない不調(フリーズやクラッシュ)が起こるので大変! 
しかもウイルスも忍びこんでくる。最近、著者の病院のシステムにもウィルスが入ってしまいました!
 
 かけがえのない貴重なデータを信頼性の不十分なパソコンで処理するのには、何かしら不安が伴うのです。また基本ソフトであるOSでさえも欠陥を抱えた未完成な状態で製品化される。ユーザーがテスターというわけ。

 とりわけセキュリティーの問題は厄介で、次々にアップグレードする必要があるのですが、個々のパソコンでこれを行う場合一定の知識が必要になる。そんなわけでパソコンは一台一台異なった中身(個性?)を持つようになり、人間や生き物と似て理屈どおりに動いてくれないことがあります。パソコンやネットワークを確実、万能などと決して考えてはいけません!

 さらに、ネットワークそのものたとえば電話回線、PHS、ケーブル、ADSLなどは公道のようなもので、そこを流れるデータ(パケットという単位で運ばれる)のスピードには違いがあり、渋滞も起これば事故もあるのです(トランスファーエラー)。会社の内外で膨大な情報を蓄えるサーバーがダウンしてしまえば復旧するまで仕事ができません。今後もこの課題は続いていくでしょう。


B技術の陳腐化が速いのに設備を更新しにくい矛盾
 産業革命の時代もそうでしたが、最先端技術は発展する余地が大きい。パソコンの年齢はドッグ・イヤーといわれ、三ヶ月が一年。買って三ヶ月経てば新しいモデルが出て、旧式マシンと成り果てる。日本企業が導入しているパソコンの多くはノートパソコンで、ネットワークに繋がっています。部署ごとに異なる時期に導入されているので、3種類ほどの世代の違うパソコンがある。その上、基本ソフトにはマイクロソフト系であっても、WINDOWS95、98、98SE、2000、NTなど様々で共通していない場合もある。  
いっそのこと全部を新製品に統一してしまえば楽じゃん! と思うわけですが、金ばかりかシステムやデータを新しいパソコンに引越しさせるのは、ひどい手間がかかるのです。自社より他社の方が信頼性があって、スピードの速いシステムを使っていた場合、競争に負けないよう人間の方がスピードアップすることが求められます。
そういう「マシンに働かされる」時代はいつまで続くのでしょうか?
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