女性のメンタルヘルス
世の中の進歩というものは、着実に起こるけれどその姿はジグザグですね。

とりわけこの5〜6年は女性にとっても激変の時代といえます。

 働く女性にとっての心の負担には、どのようなものがあるか、家庭と職場、社会に目線を向けて考えてみましょう。それには3つあります。

@経済グローバル化の負担
A職場の女性差別の負担
B家庭機能の負担

以上のように女性への心の負担は3重のタマネギ構造になっており、自殺やうつ病を増やしています。欧米では自殺の男女比は圧倒的に男性に多いのですが、日本では女性の割合が高いことに注意しましょう。

 ちなみに社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所の調査では上場企業の女性の6%に自殺志向を認めたそうです。

事例から・・・メンタルヘルスの悪化例ではありません・・・はたらく女性の典型例を述べ解説してみます。

 麻由美さんは33歳の女性で、有名な電子装置メーカーの工場で働くパート社員。長距離トラック運転手の35歳の夫、7歳の娘、63歳の実母との4人暮らし。

 病気がちの夫をささえるため、「スーパーのレジよりはお金が入りそうだから」と、2年前から働いています。装置の組み立てと点検が仕事。最近はメガネ型の拡大鏡(拡大率10倍)をつけて、ハーモニカほどの大きさの黒い製品にキズがないか、部品がずれていないか、流れるように数秒で検査しています。

 作業は途切れなく続き、70分ごとに5分の休憩時間には、眼がジンジン疲れるから濡れタオルで冷やします。午後3時にもなると、拡大鏡をはずしても距離感が狂って、物がうまくつかめなくなります。

 仕事そのものが辛いうえに残業(パートの残業って、コトバの矛盾!)もすごい。朝の8時45分から夜は9時近くまで働きます。生産台数が増えると土日出動も。帰宅するとぐったり疲れて、夕食は冷凍食品中心の手抜き。後かたづけもおっくうで、30分ほど横になります。

 最近は実母が見かねて、炊事・洗濯・掃除など家事の全部をやってくれますが、血圧が高いため心配です。子どもの相手もしてやれず、せめて宿題ぐらい見てやりたいのに体がいうことを聞かない。同僚たちも同じで、親が同居していない人などは、朝寝過ごして、夫や子どもが朝食抜きで出かける日もあるそう。みんなの願いはともかく一日中寝ていたい!


 いまや大企業の工場の多くは、アジアヘ移っていきました。国内では、人件費の高い男性正社員や管理職がリストラされて、女性や高齢者など人件費の安いパート社員が7割を超えて、正社員の比率は2割台です。
 Bさんの給料は、ベテラン男性正社員のなんと5分の1! パート社員に長時間労働させる理由は、交代勤務にするよりずっと安上がりだから。パートが7割で生産できるのも、世界に冠たるトヨタ方式(JIT=ジャスト・インタイム)と情報技術の発展(IT革命)のためなのです。
  
 その結果、はたらく女性のストレスは家族にも及びます。母親の帰宅が夜遅くなれば、祖母が子育てや家事を受け持ち、かつての口うるさくて面倒見が良いという母親の役割まで担わざるをえません。その結果、孫にはチョー甘いという、それはそれで必要なおばあちゃんの役割が果たせなくなります(祖母の母親化)。

 腹痛で不登校になった、ある14歳の女子中学生は、口うるさい祖母に反発する一方、夜10時頃に疲れきって帰る母親には気兼ねして学校でのストレスはいっさい口にしない良い子でふるまい、ストレスをためる状態でした。女性の「超長時間就業」は、家族の役割を変え、家庭のはたらきを歪める恐れがあります。


@経済グローバル化の負担

 これは男女の賃金差別のような古いタイプのストレスではありません。

 IT革命やジャスト・イン・タイムのような技術革命の結果、別に男性の正社員でなくても工場のラインでモノつくりが可能になったのです。

 大企業はどんどん中国を中心としたアジアに工場を移して、そこで作った製品を日本に輸入するようになります・・・あのユニクロが典型ですね。

 中国人の給料は月450から500元(5000円程度)なので、本国日本の工場に働く従業員の給料がやたらに高く見えてくる。

 てゆーわけで、日本の男性性社員はどんどんリストラ(希望という名の強制退職、転籍・出向)されて、パートやアルバイトの女性社員が工場の中心になってきたのです。

 その結果、生産現場の賃金は女性のパート社員が基準になるから、男性従業員が新規に採用される場合、やはりパートやアルバイト、期間工などの不安定雇用になって、低いレベルの男女同一賃金が実現するのです。
 

  小売業でも同じ現象がうまれて、店長はパートの女性社員というケースが激増しつつあります。

 パート店長が工場ではたらく女性よりストレスが少ないかというと決してそうではない。女性パート社員でも店長になれる! ということでモラルは高まりますが、かつての男性性社員店長の時代以上に成果を求められますので大変です。自社の店舗同士の競争が進められ、成果主義という賃金制度で鼻先にニンジンをぶら下げられるて、女性パート店長は自分自身を長時間過密勤務に駆り立てていくのです。
 

 以前から女性が進出していた出版、報道、旅行のような分野では雇用の形は正社員や派遣ですが、「大競争時代」の名の下に激しい長時間勤務が当然のようになっていきます。たとえばテレビ番組のプロデューサーの女性は始業こそ午後1時だけれど、就業は明け方の3時、4時で通勤時間を入れれば16時間以上の拘束になるようです。

 
 つまり全分野で女性の長時間勤務が当たり前になってワーキングパワ−の消耗が激しく進み、30代で生理がとまったり更年期の症状がでてくる「若年性更年期障害*」になる人が増えつつあります。

*若年性更年期障害 
 歳が若くてもストレスによって女性ホルモンの分泌乱れて、更年期と同じような症状が出ることです。冷えやのぼせ、イライラや不眠などが特徴ですが、心の症状を必ずともなう点では、メンタルヘルスの悪化そのものですね!


 会社は安い賃金でよくはたらく女性を差別する必要はないので、
むしろ男女平等を主張し女性社員をあおりたてていくのです。キーワードはやっぱり個人責任や自助努力というコトバ。ただし問題は、男性同様いやそれ以上のパフォーマンスが求められること。ここでは従来の男性社員の異常な長時間勤務が基準になります。
 以上の結果、
現代日本での職場における「男女平等」とは、女性並みの低賃金&男性並みの長時間勤務を意味するのです。




A職場の女性差別の負担
 経済のグローバル化は一方では低いレベルでの男女平等をもたらしながら、はたらく女性には従来どおりの性別役割分担が求められているので、結婚、出産、育児、教育、介護のような人生の出来事(ライフイベント)の場面で、仕事との両立を迫られます。

 これらの場面で職場復帰が可能なところであっても、正社員―派遣社員―嘱託のような不安定な身分に誘導されるという慣習にもとづく男女差別は変わりません。

 女性管理職は圧倒的に少ないし、相変わらずセクハラが横行するという意味で、まだまだ女性は古典的な差別で苦しんでいるのです。




B家庭機能の負担
 筆者は家庭での性別役割分担をけっして肯定しているのではありません。

 男にとっても家事、育児、教育、保健、介護(ひっくるめて家庭の保護機能)は面白いものだから(介護はチョッと重たいか?)。
 
 社会が進歩しても、家庭というものが人間社会の最小単位であるとするならば、家庭における保護機能は男女で分かちあいたいもの。

 けれど現代の大部分の家庭では、これらが女性の肩だけにのしかかっている。ちなみに江戸時代は今とは違って、士農工商を問わず男も子育てに参加していたのです。武士は男児に剣術を教え、町人の父親は子どものために竹とんぼやコマを作って一緒に遊んだのでした。

 現実の日本の家庭では、女性の長時間就業は社会参加という意味では素晴らしい進歩ですが、現象面では恐ろしい姿を示すのです。

 とりわけ幼児虐待や育児ノイローゼという形で現れる子育ての危機。

 そこまでいかなくても「あんたが生まれちゃったから、ママは仕事に没頭できなくなちゃった! 自己実現できないの!」といって嘆くのは、女性企業戦士にとってホンネでしょう。

 でも
異常な長時間勤務でワーキングパワ−がすり減って、そういう自分の気持ちをコントロールできずに、言葉や態度に表して愛情不足で育ててしまったら赤ちゃんはどうなるのでしょう? 

 成長の過程で、自分の能力へ信頼感や自信を持てずに、不安定な感情を持ちやすく、自分に価値を見出せない子どもに育つ。

 いつも自己嫌悪を感じて、人の眼を気にして緊張し不安を感じやすくなり、不登校や学校不適応の危険が高まる。

 事例のように母親が父親化(長時間勤務で不在が長い)し、祖母が母親化する。
 子どもは日中、祖父母を嫌って部屋に閉じこもり、父親は超長時間勤務。
 教育評論家の尾木直樹氏が述べたように、家庭はホテル化あるいは下宿化して、だれかがメンタルヘルスの不調となっても、誰も気づかない恐れがあるのです。

 そんな中、女性は妻として、母として、娘として奮闘しているのです。

 男は自分のワーキングパワ−の充電のためにも、早く帰って家事や育児をやるべきです。

それより何より、低いところで男女平等を目指すのではなく、男女を問わずワーキングパワ−の正常な再生産ができるような、ヨーロッパ並みの社会でありたいものですね。

 
 



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2001年12月 9日