ある日、工場に勤続30年余という中年の男性が受診しました。  
「からだがだるい。いらいらする。肝臓を調べてくれ」というAさんです。
心配そうな顔をした奥さんといっしょです。 消化器専門のB先生が診察をはじめました。
いろいろお話を聴いたあと・・・・














































































B先生の頭の中


重い病気を
見落とさないように。
やれる検査は今日中に
みてしまおう。

あれ、いろいろ検査
をしたけれど肝機能
どころか、ほとんどの
検査が異常なしだ!
しいて言うと蛋白質
が減ってるから、ちゃん
と食事していないかな?
胃癌なんかあったら
大変だから、超音波
検査と胃カメラの指示
だそう.・・・。
妻の言い方からすると
どうもおかしいな? 
心の病気かな?
C先生に代わって
もらおう!










C先生の頭の中

この方はうつ病みたいだ。
何といっても倦怠感の
原因のトップは「うつ」だ!
「うつ」の診断では・・・
次の3つが大事

@食欲


A睡眠

Bだるさ
休むと疲れはとれるかな?

「うつ」では休養しても
倦怠感はとれないから

婉曲な自殺念慮だ!
間違いなく 「うつ」だ!
さて重症度は?
内科医で診れるかな?


さて大事な質問だぞ!
自殺念慮の確認




自殺の企てまであった!
このケースは精神科医だ。

上の空に見えるけど、
医者の質問に答えるのも
おっくうなのだ。
その上イライラも強い。
こんな患者さんは自殺が
多いから注意しよう。
 
 かなり辛そうだし
緊張しているのにタバコも
吸えなくて可哀想。
そろそろ潮時ですね。


患者さん全員にしている尿検査をおこないました。
異常なしでした。

次に胸を診察をして異常なし.
お腹をさわって肝臓は腫れてていないし、
腹の壁は柔らかいことを確認しました。
だるさがひどくて受診したから、肝臓病を見落としては困ると
思い、肝機能検査のほかに、糖尿病の検査、腎機能や塩分、
炎症反応など病院内ですぐに結果が出る検査をだしました。

 しばらくたって結果が出たのをみると、血液中のたんぱく質が
減っているだけでした。


奥さんが診察室に戻ってきていうのです。  

きのう突然「死にたい」といい出したのです。工場の三交替勤務
で最近だいぶ疲れているようで、仕事自体うまくいっていないらしい。
雰囲気がただごとでないので、無理して(病院へ)つれてきた
そうです。 さあたいへん! B先生は検査の指示を出しイライラ
に対して、精神安定剤を1錠処方しましたが、それではどうも済まさ
れそうにありません。思いあまってC先生に相談しました。C先生
は医局会議中でしたが、ことの緊急性を感じてバトンタッチしました。


Aさんは少し痩せ気味で、ノーネクタイの白いワイシャツでしたが、
薄くなった髪はきれいにとかされています。けれど「内科のCです」
と初対面のあいさつをしても、話をするのもだるそうで、視線すら
合わせようとしません。それにかなりタバコの臭いがします。かつ
ての自分のように50本以上すっている様子です。B先生がすで
に血液検査までしてくれてあったので、重大な内臓の病気はなさそ
うだ、とC先生は思いました。

「今いちばんつらいことはなんですか?」 とたずねるとはっと我に
かえったようにワンテンポ遅れて話はじめました。
・・・仕事が辛い。今の職場は勤めて30年になる。
不規則な3交代で立ち仕事・・・一日中暑い。
一年前くらいからしんどくなった・・・。

「食事はおいしいですか? 味わいは?」
おいしくないねえ、むりやり詰めこむかんじ・・・

「夜は眠れますか?」
・・・少しむっとして・・・不規則の三交替だからかよく眠れません。
・・・休みが4日おきだから食欲はどうも狂ってしまう。

「休みの日はどうしていますか?」
寝ているけど疲れがとれない。


「やりたいことは何ですか?」
死ぬまでに海外旅行したい・・・ ・

「ほ〜 海外旅行ですか? でも今あんましつら くてどこかへ逃げ
ちゃいたい、消えちゃいたいなんて思いませんか?」
ハイ・・・



「まことに失礼な質問で恐れいりまが、大事なことなので、その死にたいと思ったこと、ありますか?」
死にたいなあと思うこと、ありますね・・・仕事についていけない、
人(職場の人員)がいないから休めな・い・・だから・・・
非番になっても仕事にかり出される。
だるくて辛いけど・・急に休んだら迷惑 かかるし・・・実は
車で高いところまで行って飛び降りて一気に死ぬことも考えた。
不景気なんて 一切なしで・・・(自分の仕事のあり方は)人間
のすることではない。ついていけない・・・きのうOOの方(ある観光地)まで一人でドラ イブして・・・崖から飛び降りようとしたんだけど・・・ できなかった。

つらっとしてまるで他人ごとのように感情を交えずしゃべります。
相変わらず視線を合わせるどころか、なにか別のことを考えているよ
うで上の空です。右手の指を貧乏ゆすりしています。

「だいぶお疲れのようですね! 

どうやって治す、 かこれから説明しますが、その前に一服しませんか? 

タバコお吸いになって結構ですよ、ココ 診察室)じゃだめだけど・・・.」
Aさんはほっとした様子で、喫煙室に向かいました。








C先生はうつ病と診断しました。
Aさんには率直にうつ病の疑いがあることを伝え、必ずよくなるから精神科を受診するようにと説明しました。Aさんは意外にあっさりと応じてくれました。B先生も含めて詳しくお話をうかがったため、信頼感が生まれていたのでしょう。ただし自殺を考える状態ですので、その日のうちに精神科を受診してもらいました。

 後日病院にやってきた奥さんが事情を話してくれました。
1年ほど前から疲労感や倦怠感が強くなり、半年前から「会社を休みたい」と出社拒否状態がみられたそうです。妻が「辛そうだな」と気づいたのは今年にはいってからです。

 本人は「会社をやめたい」と訴えるましたが、精神科の先生は「一か月休養」の診断書を出してくれました。

 本人は休むつもりはなかったので、先生は夫が罪悪感をもたないように、「これはドクターストップであって、命令ですから従いなさい。」と上手に説得してくれました。

 3日間抗うつ薬の点滴にかよっているうちに少しずつイライラもとれてきたようです。
ゆっくり休んでちゃんとお薬を飲めば必ずよくなると言われてほっとしています。

でも自殺しないようにそれとなく夫を見張っているのですよ。先生からは気晴らしのすすめや励ましはダメといわれました。


トップページに 戻る     補足と解説のページに 戻る
ある日の診察室


スズキは医者のくせして、あまり医学的な情報出してくれないのでは? というご不満の皆様!
診察室でどのような会話がなされているか、ごく普通の内科を例にあげました。あわせて医師がどのように考えて、うつ病の診断を下すのかも示しました。
事例はもちろんプライバシー保護のため大幅に改変してあります。