銀行の窓口営業

2001/11/10

まさか皆さんは、銀行の窓口は3時で終われていいな、など思ってはいませんよね!
教師が1年365日学校に縛られているのに似て、窓口女性の仕事は3時までもそうだし、3時からが勝負なのです。余り知られていない窓口業務の実態をのぞいてみましょう。
                        (静岡保険医新聞から転載 文体は常体です)




                     
 「アマゾネス」                 


  ある月曜の当直の晩、夜の十一時近くに若い女性が腹痛を訴えて受診した。 四日前より臍周囲の痛みと一日二〜三回の軟便があったとのこと。

  病歴と理学 的所見に問題はなくて、感冒性胃腸炎(胃腸にくるカゼのこと)と思われた。問題は診断や治療ではなく、 受診の経過だった。いわく「昨日はもっとひどく痛んだの。今日はずっと良く なったけど、仕事が一段落したので一応来てみました」と、頬の線にまだあど けなさを残すのに、話はまるで中年サラリーマンだ。

 …アッペ(虫垂炎、俗に言う盲腸)だったら破れて 大変たな…と思いつつ、ヒマな夜だったため、その仕事とやらを聞いてみた。

  彼 女は二十三歳、信金職員で定期預金や提携クレジットカードなどの契約を増や すのが仕事である。社内には毎年、営業成績の上位数名が理事長から表彰され る制度があり、その月は締めくくりの月だったそうな。

  で、あなたは表彰され そうか? と尋ねると、急に眼を輝かせて「おかげさまで、間違いなく取れま す」と誇らしげに言う。当直には場違いな雰囲気となった。

  休日も腹の痛みに たえて、営業活動にいそしんだのは、すべては表彰を取りたいがため。あっぱ れ企業戦士の華、腹痛もかまわず仕事に打ちこむ姿勢をみれば、「もっと早くに 受診せよ」などとは言えない。しかし、このような女性が妻そして母となった 時、家族はどうなるのか? 強い疑問を持った。   

  その後、ある地銀の女性行員と話す機会があって、表彰制度のことを尋ねた。 どこも皆同じで、それがすべてという。

  窓口の仕事は帳尻さえあえば(これが 合わないと大変なのは知っていた)三時には終わると思いこんでいたが、そん な牧歌的な時代ではない。

  金融ビッグバンの今、銀行の利益は定期預金の獲得、 年金口座の開設、提携クレジットカードの契約、国債・投信の販売から生じる。 これらの営業成果が日々点数化され、個人別、支店別に集計、公表される。点 数が上位の優秀者には、ありがたくも頭取おんみずから表彰状を授与される、 というのが金融機関に共通するしくみ。

  皮肉にも預金の出し入れや振込みは何 の利益にもならず、評価の対象外だ。銀行は窓口こそ営業の場とみなして、こ のような客はATM(機械)に誘導すれば点数となる。表彰される人数は2000人超の中からたった7〜8人。半日かけて晴れの表彰式と名誉ある頭取との昼食会に 招待され、仲間内ではおおいばり、女性としての出世の花道を行くことになる。  

  店内が混みあっていようが、お客の待ち時間が長くなろうが、屁とも思わず 口角泡を飛ばして、やれカードだ、定期だ、などと言って窓口営業に熱中しな いと良い成績は残せない。当然ながら、競争が激しくなり、自分のところに定期の解 約にきたお客を、平然と隣の窓口に回す人もいるという。

 入賞めざして営業に 励むばかりではない。衆人環視の中で、成績が発表されて低い順位だと惨めな 結末となる。順位は昇給額(百円単位)に直結する。そんなことより男性上司 から叱咤激励、いや叱責・罵倒がなされるそうだ。

 このためノイローゼになっ て、人もうらやむ名門企業を泣く泣く中途半端な退職をする女性もまれではな いらしい。  

  直属の部下が表彰されたら、上司は狂喜乱舞だ。部下の成績イコール彼の成 績、つまりは運命共同体。上司は日頃、優秀な三〇歳前後のベテラン独身行員 には、非常に気をつかって食事などでもてなす。ダメな部下は叱りとばし、手 間ばかりかかって点数(カネ)にならない法人客などの相手をさせるという。   

そんなわけで、夜ふけてからも勝負は続く。

  電話と顧客回りなどで独身女性 行員の帰宅は夜の十時過ぎ、ぐったりして後は寝るしかない。受験競争を1、 2点差で輪切りにされた世代には、このレースはとても解りやすく、点数を追 い求めるのは本能の如し。いきおいはまってしまって、30歳近くなるのに独 立せず、炊事・洗濯は母親がかり。寿退職は考えもしないという女性が増えて いるという。

  解説してくれた女性行員は苦々しく語り終えた。どうやら彼女の 成績は芳しくない様子。  激しい受験競争を勝ち抜いた後に、さらに過酷なレースが控え、戦死(過労 死)も辞せず闘い続ける企業戦士の実態を、学校では教えているのだろうか?  
過労死も男女機会均等時代。